2023/02/28
ぺん
のこりものですが。
kowa 8.5mm 2.8
オリンパスがかつて開いていた“ペンすなっぷめい作展”によせた遠藤周作『ケントウ違い』を長くなりますが全文引用。
安岡章太郎は大学の時、私より一年上だったし、文学、人生の上でも先輩だが、しかし私の趣味向上のため啓発してくれた良き友人である。ただ・・・。
ただと書きかけて私の筆は少し鈍るのだ。五、六年前、カメラの使い方を教えてくれたのは安岡だった。シボリもシャッターの押し方も知らぬ私を彼が怒鳴り、おだてて、どうにか一人前に写せるようにしてくれた、おかげで私も素人写真コンクールに出品できたのである。あの時、進んで被写体に彼がなってくれた友情も忘れられぬ。「だめだナ。お前のこの写真は。」と彼は私の作品を笑い、そのコンクールに自分も模範的作品を出したのである。その結果、彼の模範的作品は落選し、ふしぎにも私の作品は金賞をとった。審査員は木村伊兵衛氏をはじめ一流のプロだったと覚えている。
自動車について詳しい知識を私に教えてくれたのも彼である。「お前は全く機械白痴だな」彼はそう言って日本の車から世界の車の型や性能について語りつづけたのである。あれから三年、ふしぎをことに私はハード・トップを自由自在に運転する身になったが、彼は免許証さえ、とっていないらしい。車というのは「見る」ものではなく「動かす」ものである筈である。
むかし、仲間たちと集まった時、彼はよく古いシャンソンを怒鳴った。それは彼が学生時代に新宿の光音座でみた仏蘭西映画の主題歌だった。歌っている彼にはシュヴァリエのような気持になり、セーヌ河やモンパルナッスの風景がまぶたに浮かんでいるらしいのだが、聞かされる我々は、なにかブリキとブリキをすり合わしているような気持ちになり、そう言うと、また彼に怒られるから、情けない顔をしてうなだれているのであった。「だめだナ。お前は、音楽がわからん。」とその時も彼は言った。
その彼が最近ステレオにこり、西洋、日本のステレオについて知識をつんでいるとは・・・私はあとは何も書かない。
展覧会の”ぺん”をとって、
詩に滅ぶこころあれどもシャープペンシル替芯の睫毛のひびき (塚本邦雄:星餐圖)
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