眠れる月照り凍れる

上高地も残渣になってきたのでもう一年さかのぼって京を思いましたが誰もが撮りそうなありきたりばかりでした。
10年前の自分に幻滅です。

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以前に、川端康成に対して「質は細部に」と三島由紀夫が高く評価している記事を引用しましたが、三島が川端の『眠れる美女』を解説した文を孫引きします。

『眠れる美女』は、・・・ふつうの小説技法では、会話や動作で性格の動的な書き分けをするところを、この作品は作品の本質上、きわめて困難な、きわめて皮肉な技法を用いて、六人の娘を掻き分けている。六人とも(一糸まとわぬ裸で)眠っていて物も言わないのであるから、さまざまな寝癖や寝言のほかは、肉体描写しか残されていないわけである。その執拗綿密な、ネクロフィリー[死体愛好症]的肉体描写は、およそ言語による観念的淫蕩の極致と云ってよい。・・・私はかつてこれほど反人間主義の作品を読んだことはない。(塩澤幸登 note「本の記憶。 晩年の川端文学」から孫引き)

pithecantroupusは、この本を読み進めて正気を保つのは難しいと感じてましたが、三島の反人間主義という言葉に、この本の読み方を教えてもらいました。なお、引用させてもらいながら失礼なことですが、元にある筆者の言い分には肯えないものを感じます。

 ポール下獄せしかばわれは眠れるを月照りユーカリの凍れる紺   (塚本邦雄:水銀傳説)

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