ふつふつと憂国の

どうも同じことばかり繰り返して同じような写真ばかり。となりの市のお城と上高地。

001-LR-PB250025-Edit-1-.jpg
m.zuiko 50mm 2.0 macro
002-LR-ZA319454-Edit-1-.jpg

三島由紀夫を忘れていたので、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で、20年前、第一回小林秀雄賞を受賞した橋本治の当時のインタビューから、

 何のために書いたかというと、三島由紀夫の「鎮魂」をしてあげたかったから。「可哀想な人だから『鎮魂』してあげよう」と。もしかしたら文学の目的って「鎮魂」なのかもしれない。今『平家物語』をやっているんだけど、これは「王朝」という時代のものすごく大きな「鎮魂」なんです。『平家物語』にしろ『源氏物語』にしろ『日本書紀』にしろ、歴史の体系を作っていた「王朝社会」というものが滅んでしまって、その滅んだというのをはっきりさせないと、次の時代は生まれないから、同じように「鎮魂」が必要だと思っているんです。前に行きたがるくせに、後ろに戻るというへんなことをやっているというのは、たぶんそういうことなのかなって。


 罌粟壺に億の罌粟粒ふつふつと憂国のこころざしひるがへす   (塚本邦雄:魔王)

コメント

非公開コメント