うたかたの

雑草伸び放題の庭で。

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m.zuiko 60mm 2.8 macro

webちくま連載金井美恵子「重箱の隅から」の最新記事に石原慎太郎が前回に引き続き言及されていたのであの時代への郷愁(pithecantroupusはその時代に遅れてしまいましたが)をこめて引用します。
 石原と大江健三郎が出たTVインタビューでの石原のえらそうなマウンティング的振舞いにふれた後、石原が知事時代にした「オス鮭エリート主義」とでも呼ぶべきいかにも低次元で無教養な女性蔑視発言を紹介しつつ、

同世代の作家としてデビューした大江健三郎が、鮭の産卵についてどう書いていたかを思い出さずにはいられない。
『政治少年死す(「セブンティーン」第二部)』(61年2月「文學界」)の主人公の少年は、・・・「待ちのぞんでいた天からの声《さあ、おまえはもう充分だ、行け!》を聴く、そしてその瞬間、おれたちはすべてを放棄して、排卵後の鮭のように身軽に、まっしぐらに行く!」。
・・・石原慎太郎(低次元の発言)は生物学的には間違っているわけではなく、いろいろな意味で言語感覚がなかったのである。
 しかし、大江健三郎のあふれかえって増殖するみずみずしく柔らかな傷つきやすい言葉の芽や卵や水の中での鮭の産卵後の身軽でまっしぐらの泳ぎとは! この生物学的には間違っている比喩のかぎりない美しさに思わず笑いつつ、私はこの小説を愛している、とつぶやかずにはいられない。


 鮭は蒼く水にその身をゆだねつつさかのぼる泡沫(うたかた)の瀨の闇   (塚本邦雄:相聞歌)

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