ふときわれ

ササユリの残りもの一枚です。

LR-PF314782-Edit-2.jpg
tokina reflex 300mm 6.3

 涅槃交響樂の鐘樂(カリヨン)すれちがふときわれに耳ふれし輓馬に   (塚本邦雄:綠色研究)


最近親鸞を書いた五木寛之と碧海寿広の対談から、五木の発言の一部を引用します。(「私たちはなぜ親鸞に魅了されるのか」

 私は親鸞の「非僧非俗」には、もうちょっと違う側面があるだろうと勝手に想像しているんです。どうしても発想が小説家だから笑われてしまうかもしれないのですが。

 当時の世の中には、僧と俗、そして非人という大きく分けて三つの階級がありました。・・・親鸞の「非僧非俗」というのは、僧と俗の中間ということではなく、そのどちらでもない、つまり自ら非人であると宣言したのではないかという。

 親鸞は自ら「愚禿」と名乗りました。・・・「禿頭」というのは、髷を結わない長髪のこと。いわゆるざんばら髪ですね。それは当時の非人たちの髪型でもあった。

 想像力で物を言うと、「面白い考えですね」と言われて終わっちゃうことが多いのですが(笑)


想像で言っている自覚が無くなってきたら愚老っていうのかなぁ。

コメント

非公開コメント