写さむと

のこり物でお茶を濁してます。

LR-P6192541-Edit-3.jpg
dg elmarit 200mm/f2.8
先日大西みつぐを引用しましたが、同じサイトでpithecantroupusが尊敬する植田正治のことも書いていました(写真する幸せ / 植田正治に学ぶ)。メモをするかわりに引用します。

・・・そこには風土への愛情と誇りがあるのはもちろんだが、写真機という魔法の箱を子どもが手に携えているような趣も感じられる。いかに写すかでなく、どう写るのだろうか? そうした好奇心はなにもフイルムで可能、デジタルでは不可能ということでもないはずだ。それはすべからく心の反応に関わる。光や影やモノの形態や、人の愛おしいまでの美しさ。そうした被写体に寄せる水々しい心を私たちは失ってはいけないということなのだろう。

写すのではなく写ることをワクワクしながらシャッターを押している。才能がなくても、ワクワクは見習いたいなぁ。
大西は『昨今の広角系のズームレンズでなんでもかんでもぐっと踏み込んで撮ってしまうというパターンとはほど遠いレンズワークが生かされているように思える。』とも言ってますが、カメラとレンズの制限が大きかった時代に身につけたカメラワークにもあこがれます。


 罌粟枯るるきりぎしのやみ綺語驅つていかなる生を寫さむとせし   (塚本邦雄:天變の書)

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