夢のはじめを

なお上石津、なお多良。

 三月の水やみなぎる信樂(しがらき)の夢のはじめを馬よぎりたり   (塚本邦雄:天變の書)

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olympus e-m5mk3 85mm
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olympus pen-f 17.5mm
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olympus e-m5mk3 85mm

名古屋大学図書館『高木家文書目録』解題より引用します。

・・・高木家が入部する以前の時と多良の旧記類が高木家によって没収され焼かれてしまったという伝承がある。・・・それでも、多良については、『多良物語』によれば、遅くとも十六世紀には三輪三人衆と呼ばれる地侍を中心に惣村を結成し、百姓たちによる自治があった。

時・多良の旧記類が焼かれたというのは、そこに住む者たちの出自が高木家当主よりも高貴だったからではないでしょうか。
三輪三人衆は大和大神神社の神官で、功により天皇によってここへ封じられたとも聞きました。
また多良には大杉に囲まれた「大神神社」がありますが、その創建は持統天皇の伊勢行幸にかかわり右大臣三輪朝臣高市麿によるという伝承もwikiに記されています。

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olympus e-m5mk3 300mm reflex

ふたたび名古屋大学図書館『高木家文書目録』解題より。

・・・東高木家は『寛政重修諸家譜』に「この地嶮山多く、山賊及び耶鮮の徒の患いあるにより、貞友が一族代々多良郷に住むべき旨仰を蒙る」と載せている。ここにいう「耶鮮」は必ずしもキリシタンを指すのではなく、さきに述べたような中世以来の伝統を持つ百姓と考えてよいであろう。

『耶蘇』という語には強い差別感情と領民への恐怖があると思います。かつて部落差別のもっとも悪質で非科学的な表現に「かれらは人種が違う」というのがありましたがそれと同類の言い様だと思います。

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