ふり向く気にも

きのうの石塔について白洲正子「近江山河抄」を引用しましたが、
石塔は自然の中に置くべきという文章のあとを、

他に鎌倉時代の石仏もいくつかあるが、この塔を見た後では、ふり向く気にもなれなかった。

と、続けています。

そのふり向かれなかった石仏を一つ、です。
LR-PF233576-Edit-2-2.jpg
pen-f nocticron 42.5mm

わたしには石塔よりも石仏のほうが魅力的でしたが、それは、
 一 わたしの歴史的素養が白洲正子に比べて著しく低い
 二 わたしの美的感覚が白洲正子に比べて著しく鈍い
という証明でしょうか。
わたしの本音は、
 三 彼は女性でありわれは男だから

せきとうはどう見てもわが身の成り成りて成り余れるところに似ていますし、そのつもり見れば相輪は白濁したアフロディテの泡のようです。白洲正子はエディプスコンプレックスだから石塔が好きなんだ。

などと白洲正子さんに叱られそうな妄想を膨らませています。(瀬戸内寂聴さんなら私の妄想を面白がってくれるかも。)
きのうの写真はR+20指定です。(笑)

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