除外例ある

塚本邦雄
智慧熱の甥におくらむ星崎の沖の闇なる星二、三粒  (黄金律)
桃山産婦人科メスの音(おと)さやぎ除外例ある生のはじめ  ( 〃 )
耳ありて人ごゑを聽く罰あはれかの地ふるさとならぬ石動(いするぎ)  (星餐図)

大野が続いたので、気分転換に九頭竜で。
石動は富山と石川の境にある地名なので、九頭竜と同じ北陸つながりで。
昨夜は、おうし座と、しし座の流星群が見られたとか。星二、三粒みられたのでしょうか。
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「写真の見方」(細江英公、澤本徳美 新潮社)を一昨日引用したので、ひきつづき、もう少し。
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ここの文章だけ抜き出すと、
ダイアン・アーパス
 澤本徳美: この二人、子供ても人間としての根本的なディグニティをもっている。それを引き出そうとしている。あるいはそれに感動している写真家の気持が写真を見ていて感じられます。
 細江英公: それが、単なる記念写真のような構図のこの写真を忘れがたい一枚にしているんでしょう。我々は写真を見る時、被写体ではなく実はそれを見ている写真家の目、姿勢、思想といったものを鑑賞しているんです。

アーヴイング・ぺン
 澤本徳美: ベルーかどこか南米て、現地の人たちをテン卜で作ったスタジオのようなものに入れて、その人たちを日常の環境から切り離していく。そこでこの子供たちも、非常に意識してカメラの前に立っていますよね。そうやって懸命になっている時に、その人物らしさが出てくる。
 細江英公: 我々から見れば貧しい、プリミティブな生活をしているであろう子供たちなのに、精一杯、堂堂とその尊厳を示している。うらぶれた惨めな匂いは全くしない。それは、ペンの人間としての彼らを尊重する目があるからです。


細江英公の「我々は写真を見る時、被写体ではなく実はそれを見ている写真家の目、姿勢、思想といったものを鑑賞している」という言葉が印象的です。

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