2011/10/06
山で

曽爾高原 E-P1 M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6
◆オリンパスペンS (※ これはフィクションです)
あれから一年たった。あいつに会いたくないから命日には1週間早い日に来た。そんな気を遣っている事に自己嫌悪する。小さな慰霊碑の周りの草が伸びて、知っている者しか気づかないだろう。サイダーとアーモンドチョコ一粒を供えた。
思いがけずあいつが現れた。チェック柄のシャツと紺色のニッカボッカ。あのときと同じ服装だった。登山靴が汚れていないことだけが違っていた。
ここで会うことを予期していたようにあいつは頭を下げた。ご無沙汰しております。何も言葉が出なかった。お渡ししたい物があります、と言ってナップザックから白いハンカチで包まれたものを取り出した。私が立ちつくしていると、あいつは私の手を取ってその包みを握らせた。そして頭を下げると、多分供えるつもりで持ってきた花をそのまま持って、来た道を戻っていった。
家へ帰ってからハンカチをほどいてみた。オリンパスペンSと折り畳んだ紙片が出てきた。紙には、このカメラが娘の物である事、遭難したときに行方が分からなくなっていた事、一月前に奇跡的に見つかった事、届けたかったが家に近づくなと言われいたので躊躇した事、もしかしたら娘がカメラを渡すチャンスを作ってくれるのではないかと思った事が書かれていた。
ペンSは軍艦部の縁が少し凹んでいたが、大きな損傷はなかった。まだフィルムが入っているようなのでカメラ屋に持っていって、事情を話して写真の焼き付けを頼んだ。
出来上がった写真はさすがに水が流れたような跡や光線漏れの跡が少しあったが、きれいに焼き上がってきた。
娘がいた。笑っている。あいつも写っていた。二人が肩を組んだ写真もあった。娘が楽しそうだった。写真がぼやけてきた。目がかすんできた。涙が落ちた。彼に礼状を書こうと思った。
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