言葉の力

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E-P3 M.ZUIKO DIGITAL 14-42mm F3.5-5.6 II R

◆オリンパスペンEE (※ これはフィクションです)
言葉が真実か否かに価値をおく者と、言葉によって人がどう動くかに価値をおく者とがいる。
彼は小さい頃から後者だった。自分の話す言葉で相手が期待通りの行動をするかどうかが大切だった。あの時もそうだった。
私は新しいカメラを買ってもらった。カメラを向けてレリーズするだけで撮れるという、最新式の、オリンパスペンEEだった。明日からの夏休みにあちこちを撮ろうとわくわくしていた。
彼がどのように話したか覚えていない。気がつくといつの間にか、その大切なカメラを彼に貸すはめになっていた。口惜しさと後悔の気持ちをこめつつ、「これ使ってみて下さい」と内心に反することを言っていた。その年の夏は、私にとって心から楽しめないものとなった。
新学期が始まって間もなく、彼がカメラを返してくれた。意外だった。しかし私は、自分のカメラが薄汚れてしまったように感じて、もうあまり使う気になれなかった。
さらに2、3日して、彼が「あれはいいカメラだ。小さいけどいいカメラだ。借りてから5枚撮ったらフィルムが無くなったので現像に出した」と、ネガとサービス判に焼いた写真を私に向かって差し出した。
それから彼は、私の写真の腕がいいと話し始めた。サービス判の写真を一枚一枚見ながら、「黒白だが色が感じられる」「奥行きがあって立体的」「今にも動き出しそうだ」などと褒めちぎった。聞いている間に、私は自分が写真の天才のような気がしてきた。「新しいフィルムを入れておいたから、撮ったらまた見せてくれ」と彼は私の肩をたたいた。
残念ながら私は写真の天才ではなかったが、写真は今日まで続く趣味になった。今になっては、あの時の彼の言葉に感謝している。

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