白けわたり

同じような写真を何度も撮りましたが、カメラを握る練習ということで、大目に見て下さい。(汗)

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nikkor_50mm1.2
 貧しさの底つきし頃霜ふりて白けわたりし萬綠のいろ   (塚本邦雄:初學歴然)

氷四方八方

回想法に季節感。

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横光利一の忌日はひと月前ですが、
 氷四方八方横光忌の魚河岸   (塚本邦雄:流露帖)

テレビのニュースの字幕に「おととい」と出てきたので、「おとつい」の間違いではないかと検索したら、東北~関東はおとといで、近畿~九州はおとついだそうで、おとといが標準語だそうです。
標準語が間違っていると思います。

提げて立ち

篠山紀信が亡くなったときに、NUDE、中世の光と影、パリをバックに写真を撮りましたが、もう一つ紀信の本がありました。
篠山紀信「新・晴れた日に」展のカタログです。まだ2年半前の展覧会です。だから老衰が信じられない。

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テレビで黒澤明の「隠し砦の三悪人」を放送していました。映画館へは行ってないけど、当時の雑誌に映画のスチルが載っていて、上原美佐の脚にどきどきしたことを思い出します。あのころはうぶでした。
胸の動悸が遠く、懐かしくなったのは、老化ではなく、紀信が明るい裸にしてしまったからです。

 櫻桃(あうたう)一枝提げて立ちをり下半身裸體のヴィスコンティかあらぬか   (塚本邦雄:波瀾)

いまさら何が

10云年前に旧東京音大奏楽堂で撮った後ここへ行ったようですが何という博物館だったのか、記憶が切れています。

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 戰後百年いまさら何が隅田川濁る千住泪町(なみだちやう)驛   (塚本邦雄:約翰傅偽書)

かおなし

ほとけの顔も三度と言ったそばから四度目。
面目ないから顔ナシ。

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知人から写真のグループ展案内状をもらったのでちょっと覗いてきました。
モグモグと口中で、ピントがズレてる、構図にこだわりすぎて窮屈、レタッチが下手、レンズの後ボケが汚いと言いつつ、これもコロナ禍の後遺症かなと思うpithecantroupus。
他人のことを言える立場でないのに、ほんとうはうらやましくて嫉妬してたのでした。

 三面鏡三面の修羅睦月果つ    (塚本邦雄:燦爛)


いまに視ていよ

仏の顔も三度というので、三度目までは許されると思い、こたつねこ写真三弾目。

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 沈滯の吾にまぶしく反りかへる籔椿なれや今に視てゐよ   (塚本邦雄:初學歴然)

地獄に引かれ

今日も寒いです。こたつねこ写真の第二弾ということでお茶をにごします。

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池上彰と佐藤優による「アリとキリギリス」の話が、本の宣伝をかねてwebに載っていました
全体はくせの強いふたりの匂いがプンプンしてそれほど面白くもない、否、くだらない話ですが、

池上 ・・・よく働くアリが全体の2割、普通のアリが6割、働かないアリが2割になるのだ、という「働きアリの法則」という俗説があります。
 働かないアリは「腰の重い社員」のようなもので、普段はよく働くアリに仕事が集中します。しかし、よく働くアリばかりだと、やがて組織の維持が難しくなってしまう。なぜなら、みんなが疲弊して、仕事の効率が一気に低下してしまうからです。

佐藤 そういう環境が不正の温床になったりもします。いざとなったら代わりができる「腰の重い社員」も、組織には必要なのです。


というくだりだけは、pithecantroupusも必要な存在だと言われたようでうれしかったです。

 蟻が蟻地獄に引かれゆく恍惚を思ひをり死ののちにも詩歌   (塚本邦雄:波瀾)

白紙のままの答案を

何が面白かった?
愛知県佐久島だったというのですが、どこで撮っても同じような写真。

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 曳白(えいはく)や土蔵の闇のすみれいろ   (塚本邦雄:燦爛)

晩年の誕生日

塩漬けにした残りもので一杯。

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zuiko50mm1.4
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ttartisan100mm2.8
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zuiko50mm1.4

 晩年の誕生日刈安に氷雨(ひさめ)   (塚本邦雄:燦爛)

刈安は黄色または黄の染料の原料となった草木の一種だそうです。知らなかったぁ。また賢くなってしまった。

玩具

ね~こはこたつでまるくなる♪

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 銀簪(ぎんかんざし)強(がう)つくばりの妹の   (塚本邦雄:燦爛)

 みんなのミシマガジン「僕の老い方研究」は特養を経営しているひとの連載エッセイで、毎回わがことのように読んでいるのですが、そこに、筆者と母の対話が載ってました。
 母はオシッコをしたくて息子に何度も「ここでしていいの?」と聞くのですが、筆者が「そこでしていいよ」と何度いっても母はおしっこをしない。したくてたまらないのに、「あ~」と声を震わせ我慢するのだそうです。そして、

 問答を繰り返すうちに、イライラが募り、「ここでしていいち、言いよろうが!」とキツイ言葉を放ってしまうのだった。それだけに収まらず、母を追い詰めるような暴力的な言葉を浴びせてしまった。

 「こんな簡単なことも分からんのなら、精神病院に入るね?」と僕。
 「イヤ」と母。
 「じゃあ、俺が精神病院に入る」と僕。
 「イヤ」と母。

 「じゃあ、一緒に入ろうか」と僕。
 間髪入れず母はこう言った。
 「あんただけ入れ。見舞に行ってやる」と。

 ウイットに富んでいるだけでなく、エスプリの効いた返しに少し面食らった。



そうなんだよ。電話でしゃべるときも、ちゃんと言葉のやりとりは出来るんだよなぁ。

三歩前進

玄関から三歩。

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zuiko50mm1.4

家事多忙につき玄関から三歩で一枚だけです。

 三歩前進五歩退却の詩境にて佇(た)ちつくす暮るる紅梅の下   (塚本邦雄:詩魂玲瓏)

奏楽堂

10云年前の一月に旧東京音楽学校奏楽堂というところへ行ったようです。写真がそう言ってます。多分。

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 音樂を斷ち睡りを斷つて天來の怒りの言葉冴えつつあり   (塚本邦雄:獻身)

ひさかたの

残りものが続きます。食中毒には気をつけよう。

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zuiko50mm1.4
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zuiko50mm1.4
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zuiko50mm1.4

岩波のwebに一年前載った新書『占領期カラー写真を読む──オキュパイド・ジャパンの色』の紹介記事の末尾に、

 これらの写真には、撮影者たちが抱いていたステレオタイプを実際に目の当たりにして、それをフィルムに収めることができた快感を見てとることができる。不幸を感じさせるものであっても、それが型どおりであることを確認することで安心と満足を得る、その確認作業がシャッターを押す行為であろう。

とあって、いまだに型どおりの写真をコレクションしているアレコレに、いろいろと思い当たります。

 久方の麻生病院院長風邪   (塚本邦雄:甘露)

氷雨の

残りもの、なお。ピンボケだけど。

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kowa8.5mm2.8
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summilux12mm1.4
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summilux12mm1.4

万城目学が直木賞だそうです。
だれかのブログにも、万城目学と万城目正に関係があるのか調べたと書いてありました。同じようなことを考える人がいるものです。
一方はまんじょうめで他方はまきめだそうで、まったく縁はないようですが、ちいさいころラジオで何度も聞いたまんじょうめのほうが耳に親しいのです。

その万城目学があるインタビューで、

この作品(鴨川ホルモー)の主題には、学生たちの残念な日常を書くということがありました。貴重な青春の時間を、何の役にも立たないサークル活動に湯水のごとく注ぎこむ。サークルを特殊なものにするための工夫が「ホルモー」なわけですが、登場人物の空気感やダメな感じは、あまり悩むことなく自然に書けました。

…僕自身も大学時代にサークルの仲間たちと朝の四時まで本気で議論していたことがありますが、いま思うと「なんであんなことしてたんかなあ」と思うんです(笑)。当時は本気でやっていても、年を経ると滑稽なことってありますよね。


そうなんだよなぁ。電車や喫茶店で、そこそこ歳のサラリーマンが真面目くさった話をしているのが耳に入ると、滑稽さを感じる。あの頃は何であんな真剣だったのかなぁ。

 小豆粥氷雨の甲斐に婿が來て   (塚本邦雄:甘露)

夜や深き心や

高田本山のお七夜にもどって、残りもの。

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zuiko50mm1.4
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zuiko50mm1.4
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kowa8.5mm2.8

 夜や深き心や淺き入る月を恨みし昔人言はずも   (塚本邦雄:露とこたへて)

春淺き湖の

ひきつづき10云年前のノスタルジー。
以前すでにアップしたかもしれない、とあいまいな記憶がいってますが、年寄りにはありがちなことゆえ。

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 手に掬ふ春淺き湖の一しづく思へ遙けき血潮匂ふを   (塚本邦雄:初學歴然)

黄ににごる冬

お七夜の写真を3日つづけてマンネリになったので、10云年前のノスタルジー。

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 遂󠄂げえざるいのちいらいらと炎しつつ一生(ひとよ)經む黄ににごる冬ぐも   (塚本邦雄:初學歴然)

うしなふべき

なお高田本山、なおお七夜。

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summilux12mm1.4
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summilux12mm1.4

webちくまに載った書評「秘密を打ち明ける仲間」(南山大学和泉悠)を読んでいてちょっと興味を持ちました。

川添愛『世にもあいまいなことばの秘密』の書評を、言語哲学を研究されている和泉悠さんに書いていただきました。

「そうですね、川添愛さんを何冊か読みました。」
「うちの大学に川添愛さんがいたら絶対指導してほしい!」

「川添愛さんを読む」と言ったとき、その人物に関連する創作物を指示する「換喩」(メトニミー)という言語メカニズムを使用している。・・・
二度目の「川添愛さん」の表現は、字義通り人物を意味している。・・・


最近、テレビCMの『松阪牛が当たる』という表現に出会うたびに違和感が湧くのです。
モ~というあの牛が当たっても困るなぁ、と。


 うしなふべき誇りあたへむ よろひたる濳水服󠄁のそこの漁夫の目   (塚本邦雄:感幻樂)

七七

きのうのお参りついでに写真のつづきを。

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zuiko50mm1.4
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zuiko50mm1.4
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summilux12mm1.4

お七夜の写真だから”七”の歌。
 七七忌笊の榮螺(さざえ)に花降つて   (塚本邦雄:甘露)

お七夜

津市高田専修寺へいって初詣、いや初参りをしてきました。
去年初詣をしなかったら罰があたったような一年だったので。

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ttartisan100mm2.8
記念写真も一枚。
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kowa8.5mm2.8

お寺ではちょうど親鸞上人の入滅にあわせ7日間の法要をする「お七夜」の最中でしたので、仏さまにお祈りした後、夕方からちょっと写真も撮りました。
もちろん撮影が主、お祈りが従です。あっ、逆です。

 佛飯に菫のにほひ愛人に刺され赤光(しやくくわう)まとひて死せり   (塚本邦雄:閑雅空間)

焚いてあたたか

気分を変えて、新たな妄想を。

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 寒あかつき戀文焚いてあたたかに   (塚本邦雄:流露帖)

光あざらけし

ヴォーリスのつづきではあるのですが、彼におれの建築を撮れとしかられそう。

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中央公論に「気まぐれ映画館」という連載があるようで、昨年12月号の記事がwebに上がってました。

1年間担当した連載も今回が最後なので、シンプルに、自分が最も好きな映画を取り上げたい。『わが谷は緑なりき』(1941)だ。

全篇がうつくしい光で充たされた、文字通り宝石のような一本だ。

映画が精神的な時間旅行を可能にする媒体であるという事実を、おそらく私は・・・初めて直感したのだろう。名作を一本見た、という以上の意味があった。(青山学院大学教授 三浦哲哉)


ここに友達がいると思いました。pithecantroupusもこの映画が大好きで、見るたびにウルウルしてしまうのです。

 映畫果てて出口の光あざらけし疾く出よマクベスの妻が來る   (塚本邦雄:詩魂玲瓏)

遠き煙󠄁の

ノスタルジアはヴォーリスにおよび。

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中村メイ子が亡くなったそうです。
婦人公論のサイトに『追悼・中村メイコさん 89歳、生涯現役のままで旅立つ「理想の死に方は女優・杉村春子さんの最期。人生のラストシーンは自宅より病院で迎えたい』という追悼記事が載ってました。

 死ぬ瞬間まで、お洒落でいることはやめたくない。病院のおしきせの寝間着は嫌だ。私の好きな画家のマリー・ローランサンは、薄いグレーのサテンのネグリジェを着て、淡いピンク色のシーツに包まれ、ふわりと死んでいったという。ちょっと気取りすぎていて、私には似合わないかもしれないが、せめて綺麗にマニキュアはしたまま死んでいきたい。


ローランサンはむかし吉永小百合が好きな画家と言っていた記憶があります。吉永小百合と中村メイ子ではイメージに差がありすぎると言っては個人に失礼でしょうか。

以前にyoutubeに浸っていた時期に中村メイ子による「ちいちゃんのかげおくり」の朗読を聞きました。同書の朗読は他の俳優やアナウンサーによるものもいくつかあったのですが、中村メイ子の朗読が突出してよかったと感じました。

メイ子に似ているから「めこ」で、
 處女(をとめ)あそびめこの夕暮に罌粟枯れて神こそ遠き煙󠄁の柱   (塚本邦雄:香柏割禮)

うつしよと呼ぶ

きのうの写真を大原といいましたが、いつの間にか滋賀県にはいっていたようです。自信はないけど今日のも滋賀県のようです。
どこで撮っても変りばえしない写真ですが。

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滋賀は塚本邦雄の故郷なので、
 故郷は百年前に滅びき名物の「うつしよ」と呼ぶ干菓子(ひぐわし)が殘り   (塚本邦雄:約翰傅偽書)

にて戀ふ

篠山紀信三部作のさいごは「パリ」で。
アッジェの真似をしたかったのかもしれませんが、ちょっと期待外れ。
そのうえ、新潮社っぽく挿入した文が写真集を台無しにしていると感じます、

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この前からの大原も。場所はちょっと怪しいけど。
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 アルルにて戀ふる雨夜の霰酒(あられざけ)   (塚本邦雄:燦爛)

いささかのほほゑみを

きのうのつづきで篠山紀信を。

きのうの写真に写っていたのは1970年毎日新聞社発行「nude」(650円)でしたが、きょうのは篠山が、去年なくなった建築家磯崎新と組んだ写真集の第一回配本「中世の光と石 ル・トロネ修道院」です。

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写真集にはさまれていた月報の末尾で篠山は、

これは建築写真集でもないし、建築論でもない。磯崎さんの時代論であり、文明論だと思う。僕にとっては、そこに訪れた時のひとつの空気、温度、肌ざめり、そして自分がそこから感じとったことすべてのドキュメンタリーだと思うわけです。

と書いてます。ドキュメンタリーというのが彼らしいなあと思うのです。

 モンセラ修道院ぬばたまのマリアよりいささかのほほゑみを賜はる   (塚本邦雄:ラテン吟遊)

ぐつたりと昏き新年

篠山紀信が亡くなったそうです。84にして老衰とはにわかに信じがたいけど。
生れて初めて買った写真集が紀信のヌード写真集で、当時650円なら高校生のおこづかいで買えました。
追悼の思いで記念写真を。

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 燭すでにクリスマスの夜を燃えつくしぐつたりと昏き新年なるも   (塚本邦雄:初學歴然)

戀風邪や

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きのうの大原(らしき)写真のつづきも一枚いれて、頭をなでなで。
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いただいた年賀状の「謹賀新年」の毛書体にイタリックの装飾をかけたのが不自然で、恥ずかしくて、お尻がむずむずするのを毎年繰り返してきましたが、
今年は、字の傾きが、老化によって傾いた体幹を表しているようで、爺のpithecantroupusにふさわしい「謹賀新年」に思えました。
年はとりたくないなぁ。

 戀風邪や管弦の管ほそりつつ   (塚本邦雄:甘露)

不可解にして

写真がここは大原というのですが本当かなぁ。ひとまわり昔だから。

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NHK放送文化研究所のコラムに「弥七が聞いている」というのがあり、pithecantroupusもどこかで「弥七が聞いている」という言葉を聞いたようなあいまいな記憶があって、あらためて読んでみたらちょっと思っていたのとは違ったようです。


私が配属された用語班には、用語の表記,読み,アクセントなど多岐にわたり,現場から問い合わせてくるが、不思議なことに似たような質問が続くことがある。

こういうとき,誰というわけでもなく「弥七が聞いてる」と班員がつぶやく。弥七とは,時代劇『水戸黄門』に登場する「風車の弥七」のことで,つまり弥七のような謎めいた存在が潜んでいて,似た問い合わせが続くよう陰で糸を引いているという冗談である。

「弥七が聞いてる」という冗談は,似た問い合わせが続く理由の説明にはならないが,天井裏で情報操作に暗躍するイメージが喚起されることで,「弥七ならやりかねない」と私は妙に納得する。そのことで,「人間には複雑な現実すべてを合理的に理解し説明する能力はない」という事実を謙虚に受け入れ,不可解に見える現象を一定程度認める必要を,ユーモラスにそして怪しく感じさせるのである。(ディア研究部 高橋浩一郎)


 不可解にして不安なる安息日チェロを解體してなぐさまむ   (塚本邦雄:約翰傅偽書)

地下の

金沢は4年間暮らした街です。ですが4年間で能登は一回行っただけです。
知己はみんな大丈夫かなぁ。

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 地下の古書店にて再會すカリグラム「刺し殺された鳩と噴水」   (塚本邦雄:約翰傅偽書)

すごぼうのす

今年もブログを続けますので、かわいがってやってください。

ブログことしもよろしくおねかいします

 あへて憤らざれども酢牛蒡がしらたまの齒を砕く   (塚本邦雄:玲瓏)


阿川佐和子の婦人公論への連載「見上げれば三日月」に『新語順応力』という記事が載ってました。

 近頃、急速に馴染みのないアルファベット用語やカタカナ言葉が増えてきた。そういう現象が起こり始めたのはずっと以前からだったという認識はあるけれど、ここ数年、その勢いがさらに加速した気がする。

といい、それを新型コロナが影響しているという。
そこにあげてある新語への彼女の感覚は十分共鳴しますが、『急速に馴染みのないアルファベット用語やカタカナ言葉が増えてきた』というのは違うのではないかと思います。

耳慣れない言葉にとまどい、『日本語に直してくれんのかい!』と思うのは、自分が老人であるがゆえではないかと疑うのです。
若かったころは言葉を気にしなかったような記憶。

 
写真で干支の辰といっしょに写っているのは、父と母が若いころ読んでいた雑誌、それいゆ1955年秋号と男子専科1970年100号と、pithecantroupusが30代の頃愛用していたプラウベルマキナW。爺くさいなぁ。