七月尽

昼からかみなりが鳴って青空になり、つゆ明けが近いそうですが、一気に暑くなりました。
雨の時は”うっとうしい”、晴れれば”暑い”と、勝手な言い草を許してくれるのはお天道様ぐらい。

プチ家出の記憶なお。

01LR-M5234795-Edit-1.jpg
olympus e-m5mk3 17mm
02LR-PF234499-Edit-1.jpg
olympus pen-f 60mm

 戰死者ばかり革命の死者一人も無し 七月、艾色(もぐさいろ)の墓群   (塚本邦雄:日本人靈歌)

七月のある日

季節感のある写真を無理矢理さがしてきて、ペタッ。

01LR-M5234848-Edit-1.jpg
olympus e-m5mk3 17mm


わが家は雑草だらけですが、こういうゆかしい気持ちには惹かれます。
02LR-PF234443-Edit-2-1.jpg
olympus pen-f 60mm


さいごに、季節感はありませんが、チャレンジ精神を自画自賛して。
03LR-M5234857-Edit-2-1.jpg
olympus e-m5mk3 135mm

作家・星野智幸『「コロナ禍読書日記」 人を決めつけずに社会を作る』は、4人の作家の作に触れているのですが、そこから一部を引用します。

 雨宮処凛の対談集『この国の不寛容の果てに』が強く批判するのは、生きている価値のある人間かどうかを、効率と生産性という言葉で線引きする社会である。(略)
 感染拡大を防ぐために人との距離は開くばかりだが、それは「人を見たらウイルスだと思え」という不信にもつながり、巨大な排除に発展しかねない。(略)当事者研究とオープンダイアローグという活動は、コロナ後の社会を作る鍵となるだろう。その真髄(しんずい)は、「人を決めつけない」という姿勢にある。相手を理解しきることは不可能なのだから、ある程度は努力しても、それ以上はわからないものとして受け入れる。ときには距離を取る。自分の基準を押しつけないし、相手からも押しつけられない。

距離感覚って難しい。ひきこもりのpithecantroupusにとっては特に。


 われら遅遅と神より離(さか)る七月のある日馬陸(やすで)の足かがやくも   (塚本邦雄:水銀傳説)

反省会

老化現象は自己抑制をこわしていくようです。
反省したばかりなのに、きのう、またやってしまいました。
R指定にならないように、気をつけようっと。

といいつつ、「何撮ってるの」です。
自分でも分かりません。

01LR-M5234777-Edit-1.jpg
olympus e-m5mk3 17mm
02LR-M5234743-Edit-2-1.jpg
olympus e-m5mk3 17mm

季節外れですが、「反省」の歌で、
 水仙蒼きつぼみつらねて剣道部反省会のしじまおそろし   (塚本邦雄:歌人)

弘田三枝子が亡くなったとニュースで知りました。山本寛斎の訃報よりもpithecantroupusの心にひびきました。
若かった、いえ、幼かったころの記憶と結びついているからです。ヴァケーションの歌詞は英語の試験で役に立ちました。

ひっ死はひん死

歳をとっても「上」が好きです。俗物だなあ。
あとはきのうの「可愛いもの」系つながりで。

01LR-PF234438-Edit-2-1.jpg
olympus pen-f 60mm
02LR-PF234340-Edit-2-1.jpg
olympus pen-f 300mm

クマですが、
 幼稚園塗繪の時閒百人が必死に瀕死のライオンを塗る   (塚本邦雄:魔王)


先日たのんだ1円の古本がとどきました。「夜のミッキーマウス」。
届いた記念にpithecantroupusが好きな、不道徳な、不謹慎な、エッチなひとつ引用します。

 鍵を探している爺さんは
 それがポケットにあるのに気づかない
 田舎道のど真ん中の扉を開ければ
 星空のはしっこに出られるのに

 昨夜は嫁にこっぴどく拒まれた
 いくつになっても乳房が恋しいので
 爺さんはすべてのあかんぼに嫉妬する
 (以下略)

こんなのを引用すると今日の記事の一行目も意味が違ってくるようで、勝手に恥ずかしくなってきます。(笑)

いわばあたらし

行き詰りつつあります。きょうの写真も、先日のプチ家出の最初のころに撮った写真で、不満ありですが可愛いから許すということで。

01LR-PF234390-Edit-1.jpg
olympus pen-f 60mm

 繪の空は金色(こんじき)に昏れ靑春といはばあたらしき死のかさなり   (塚本邦雄:靑帝集)

しかもなほ雨

きのうは放送禁止用語をうかうかと書いて、公序良俗を乱し、pithecantroupusの道徳性に疑問符がついてしまいました。
(きのうの記事に拍手をしていただいた皆様も同罪であります。(笑))
きょうは規律正しい写真で。

01LR-M5234690-Edit-1.jpg
olympus e-m5mk3 17mm
02LR-PF234385-Edit-1.jpg
olympus pen-f 60mm

以前の記事で引用したアンドレ・コント=スポンヴィルの言葉、『全体主義国家のなかでコロナウイルスから救われ、そしてその全体主義国家を子どもたちに遺贈するよりは、自由のある国で罹患するほうがまし』が、しきりに思い出される今日この頃です。

その元記事の終わりの方で、彼はこう言ってます。

 とにかくコロナウイルスに打ちかつ手段を勝ちとりましょう。だからといってコロナウイルス以外のすべてを忘れ去ってよいというわけではありません。手洗いはもちろん大事ですが、それは叡智の代わりにはなりません。自宅から出ないのも有効ですが、そうしたからといって適切な距離をとって考え、わずかなりとも明晰さを保ち、(敢えてこう言ってよければ)わずかなりともユーモアをもち続けることは必要でしょう。


全体主義つながりで、ヒトラー(「ひとら」)の歌を、
 しかもなほ雨、ひとらみな十字架をうつしづかなる釘音きけり   (塚本邦雄:水葬物語)

上意により

ソテツの花とむかし商店です。
コロナなのにうろうろと歩いて、棒にあたっていなければいいのですが、被写体には当たりました。

01LR-M5234892-Edit-1.jpg
olympus e-m5mk3 135mm
LR-M5234844-Edit-1.jpg
olympus e-m5mk3 17mm

あるく犬なので、
 獵犬百合若姦通罪發覺 今上(きんじやう)の上意によりて宮刑に處す   (塚本邦雄:詩魂玲瓏)

雑誌クロワッサンを借りてきて読んでいたら谷川俊太郎がでてきたので、検索してpithecantroupusが好きそうな『なんでもおまんこ』という詩が入った文庫本を1円で注文しました。歳をとっても好きだなあ。

ながい雨季

きのうは一度アップした写真の出来が不満だったので、あとから入れ替えました。きょうはそんなことがないように。
プチ家出してご近所の駅付近をブラついただけですが、またいつかと思うだけでしばらく頑張れそうです。

 永いながい雨季過ぎ巨(おほ)き向日葵にコスモポリタンの舌ひるがへる   (塚本邦雄:水葬物語)

ひまわり畑にも行ってみたいけど。
01LR-M5234882-Edit-1.jpg
olympus e-m5mk3 135mm

ポスターが目にとまったので。
02LR-M5234821-Edit-1.jpg
olympus e-m5mk3 17mm

医師の嘱託殺人のニュースを聞きながら、この記事(占部まり「高瀬舟考」) を思い出しました。
占部まりは、コロナ禍で再評価されている(と思う)宇沢弘文の娘さんだそうです。記事の最後のほうにこうあります。

 言葉を尽くして対話をしていく段階を超えると、「言葉にはできない」「しなくても良い」――そう思える時が訪れることがある

ニュースなった二人の医者が言葉を尽くしていたとは思えないのです。

しがみつくうつせみ

プチ家出成功です。わずかな時間で、調子を取り戻したころには終わってしまいましたが。

小さくて「何?」と言われそうですが、pithecantroupusはこわがりなので、ここまでです。(笑)

LR-PF234519-Edit-2-1.jpg
olympus pen-f 60mm

ビニール傘ではだめですか。
 空蟬のうちに香もなきかなしみの充つるを天にむけし繪ひがさ   (塚本邦雄:感幻樂)

ひとつ陰険に

きのうの写真の舞台を過去の時間から。

01LR-P9154932-Edit-2-1.jpg
olympus e-300
02LR-P9154945-Edit-1.jpg
olympus e-300

幽霊に心が惹かれるのは心が弱っているからだと思うのですが、いまさら何かできるわけでもなさそうです。
一昨日に引用した記事は何度読んでも心に残ります。

ここで森本は、宗教団体の中心にいるものだけでなく周辺の一般信者が日常的に関わる「手当をする」人の存在が、日本では圧倒的に少ない、民間のセーフティ・ネットがいっそう薄くて頼りなくなったと指摘したうえで、

おそらく、戦後の日本が経済至上主義と自己責任論でがむしゃらに成長してきたことと無関係ではないでしょう。教育も医療も福祉も、効率だけを指標にして無駄を削ぎ落としてきた。そういう政策は、人間が世界を合理的に設計しコントロールできると考える、時代遅れの知性の産物です。パンデミックや原発事故、経済不況は、自然も人間も社会も想定外のリスクを内包した不条理な現実であることを思い起こさせてくれます。

と批判します。pithecantroupusは自分の過去を思います。幽霊を見ているように。

 われの戰後の伴侶のひとつ陰險に内部にしづくする洋傘(かうもり)も   (塚本邦雄:装飾樂句)

記憶もなければ何もない

暑さにぐったりなのに、午前午後と野暮用でした。
合間の時間つぶしに、村上春樹の短編「ハナレイ・ベイ」を読みました。
ここを読んで初めて知った短編ですが、面白かったです。

野暮用に疲れて大昔から一枚だけです。
LR-P9154926-Edit-1.jpg
olympus e-300

リンク先は内田樹の寄稿で、次の文に惹かれました。

三島由紀夫の『豊饒の海』の最後の場面で、門跡に松枝清顕の記憶を否定された本田繁邦は「記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまった」という痛ましい覚醒をする。「憾みを遺した幽霊」はどれほど恨みがましい現れ方をしても、少なくとも生き残った人間の「私は生きている」という自覚だけは保証してくれる。でも、「憾みを遺さない幽霊」は生き残った人間に何も残さない。生きている自覚さえ与えてくれない。
『ハナレイ・ベイ』はその都会的で軽妙な外見とはうらはらに、とても残酷な、幽霊についての物語である。

まったくの季節外れですが「幽霊」なので、
 若狭の實家より應(いら)へなしかぎろひの幽霊を飼ひはじめたるか   (塚本邦雄:不變律)

記憶の嘘

こっそりカメラを持って散歩に出ようとしましたが、脱出に失敗!
庭の雑草刈にヘトヘトです。

きのうの「階段」つながりで、これも大昔の尾道の写真と思いましたが、肝心の階段がちっとも写っていません。あの頃はダメダメだったんだなあ。

01LR-P1010085-Edit-1.jpg
olympus e-300
02LR-P1010101-Edit-2-1.jpg
olympus e-300
03LR-P1010141-Edit-1.jpg
olympus e-300

 嘘つきの聖母に會って賽銭をとりかへすべくカテドラアルへ   (塚本邦雄:水葬物語)

記憶が消えてしまうのにあこがれます。記憶が再構築されてしまうのを目の当たりにしていると、いっそ消えてくれと願わずにはおられません。神様にすがりたい気持ちが日々強まりますが、これは神への冒涜だということは分かっています。

神学者で牧師である森本あんり(国際基督教大学教授)が、パンデミックに関わっておこなったインタビューの一節を引用します。(民主社会の正統性が問われている

ひと昔前のお年寄りは、酔っ払うと必ず戦争中の話をしたものです。あれは、その人にとってそうとしか理解できない苦悩の現実があって、ストーリー仕立てで語っているのです。なかには思い違いや明らかな嘘が含まれているかもしれない。でも、本人は過去のストーリーを自分なりの解釈で語ることで、自らの人生を首尾一貫して理解したいのです。それは、自分の心の真実に最も近い「ディープ・ストーリー」です。そう語ることで自分を癒やし、アイデンティティの中核を何とか維持しようとしているわけです。

むろうはむのう

階段は好きです。
以前は、一歩一歩段を上げるのがいいなあと思っていましたが、
最近は、一歩一歩下へ降りるのがいいのです。

段がなければ転がり落ちるのを、階段が止めてくれていると感じます。

両城の階段をあげたので他にも階段を探して、きのうと同じように大昔の写真で。
室生寺です。デジタルを使い始めた頃の大昔です。

01LR-m5iiiP6079788-Edit-1.jpg
olympus e-500
02LR-P6072700-Edit-1.jpg
olympus e-300
03LR-P6079767-1.jpg
olympus e-500

階段ではありませんがオマケということで。

04LR-P6079809-Edit-1.jpg
olympus e-500

 こころざしも千差萬別室生寺のしやくなげにさす紫紺の没日   (塚本邦雄:豹變)

「室生」という音は「無能」に似ているとしきりに感じるのは僻目でしょうか。
無能に相違ないと思っていても、心のすみで無能ではないはずだと思いあがっているのでしょう。
無能でないはずだと思いたい気持ちが歳と共に強くなってきます。

 無能無才にしてつながれる二筋のひとすじは詩といへど 蜉蝣(かげろふ)   (塚本邦雄:天變の書)

さゆるまでさびし

フィルムカメラの長い休止期間をぬけてデジタルで写真を再開し始めた15年ぐらい前の写真を、今更です。
京都の白沙村荘

はずかしい出来ですが、
初心にもどるとまた復活できるかもしれないと、切実に、
無神論者のpithecantroupusも老いて神様の裾にすがるようになりました。(汗)

01LR-P5120836-Edit-1.jpg
olympus e-300
02LR-P5120834-Edit-1.jpg
olympus e-300
03LR-P5120832-Edit-1.jpg
olympus e-300

「白」つながりで、
 數學は肺冱ゆるまでさびしきを花鬩(せめ)ぐ白羣(びやくぐん)のあぢさゐ   (塚本邦雄:星餐図)

生きしわが上に

一昨日に「宇陀」に失礼なことをしでかしたので宇陀の写真でおわびをしているフリをして、実は写真がないので古いので誤魔化そうという下心です。(汗)

01LR-P6073066-Edit-1.jpg
olympus e-300
02LR-P6070129-Edit-1.jpg
olympus e-500
03LR-P6073062-Edit-1.jpg
olympus e-300

このまえから時々読んでいる「ペコロスの母に会いに行く」の映画を撮ったという森崎東監督の訃報を聞きました。
それで、また本を開いて読んでます。
主人公は著者と母なのですが、すでに死んでしまった酒乱だった父のイメージが気になります。父の悲しみを知りたいと思いつづけています。
その父親と塚本邦雄に共通するものを感じるのです。わたしの父にも。

 勞働を忌みつつ生きしわが上に空梅雨の市電火花散らしつ   (塚本邦雄:綠色研究)