方寸の地にたたずみ

また上石津にもどって。

江戸時代にここを支配した美濃衆高木家は一万石以下の旗本でしたが木曽三川を管理して権威を誇ったそうです。
高木氏が室町時代末期に大和からここへ入った時に、この地に伝わった古文書を集めて焼いたそうです。封建領主というのは野蛮であり、支配は過酷だったのですね。

のちに百姓が幕府に訴えたときに自分たちの出自を誇るような表現があったり、高木家が幕府に出した報告に住民が従順でないと書いてあったりするようで、支配する者の傲慢さがうかがえます。支配者側からでなく百姓の側から歴史を聞きたいと思いました。

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『封建』の歌を探し損ねたので、ほぼ近いということで『ほうすん』。(汗)
 方寸の地にたたずめど立志など記憶の外(ほか)に冬菫濃し   (塚本邦雄:約翰傅偽書)

美しき灯消す

きのうの写真の季節感のなさを反省して(反省はきょうだけですが)、先週撮った鳥羽の写真で。

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多重露出
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多重露出
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多重露出

 雛祭祀(まつ)るべきものわれにあたへいもうとが美しき燈(ひ)を消す   (塚本邦雄:花にめざめよ)

うつしあふ

きのうにつづき大垣市上石津で撮った写真です。
どこで撮っても同じ、どの季節にとっても同じ写真と言われそうです。

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 沈丁花かをらぬままに二月盡あねいもうとが風邪うつしあふ   (塚本邦雄:豹變)

コロナウィルス流行で、マスクをせずにいると白い眼で見られる昨今です。
アマノジャクにとっては勇気を試されているような気分。
pithecantroupusは意志薄弱なアマノジャクなので、ついついマスクをしてしまいます。悔しいけれども。

光刺す

大垣市上石津へ、TVドラマに触発されて”にわか光秀おたく”になった友人に誘われて行ってきました。この地が光秀生誕地かもという話のようです。

アマノジャクpithecantroupusは周りが騒ぐと白けてしまって、逆に興味をなくすタイプですが、里山風景が好きなので喜んで出かけました。公認の外出なので家出ではありませんよ。

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olympus e-m5mk3 85mm
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olympus e-m5mk3 42.5mm

このあたりは上石津多良と呼ばれるようで、その中の「宮」という場所に目的の郷土資料館がありました。
多良のとなりには「時」という場所があり、かつては炭焼きで有名なところだったそうです。多良、宮、時と、歴史を感じさせる地名だなあと感じました。

 飛梅の飛ぶ香はるけき寒昴(かんすばる)耳の迷宮に光刺すなり   (塚本邦雄:されど遊星)


時の時山というところは落人伝説もあるそうで、「時山小唄」という歌謡は、

浪の屋島を遠く遁(のが)れきて 薪刈るてふ 深山(みやま)辺に 
烏帽子 かりぎぬ ぬぎ捨てて 今は美濃路の 杣家(そまや)かな
こころ淋しや落ち行くさきは 川の鳴る瀬に 藤機(はた)たてて 浪に織らせて 岩に着せう

と源平合戦の屋島を歌うそうです。

春のいそぎ

世間知らずが高じないようにここは季節ものもひとつあげて人並みにご近所の梅林公園です。

 伊東静雄『春のいそぎ』に伴林光平の「梅一枝」のかたみ   (塚本邦雄:汨羅變)

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olympus e-m5mk3 85mm
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olympus e-m5mk3 300mm reflex
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olympus pen-f 25mm
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olympus e-m5mk3 85mm

伊東静雄『春のいそぎ』の自序は次の通りです。(国立国会図書館デジタルコレクションより)

 草蔭のかの鬱屈と翹望の衷情が、ひとたび 大詔
を拜し皇軍の雄叫びをきいてあぢわつた海闊勇進の
思は、自分は自分流にわが子になりとも語り傳へた
かつた。そこで、大詔渙發の前二年、後一年餘の間
に折にふれて書きおいたものを集めて、一册をつく
つたのである。
 その草稿をととのへて、さて表題の選定に困じて
ゐた時、たまたま一友人に伴林光平が
  たが宿の春のいそぎかすみ賣の重荷に添へ
  し梅の一枝
の一首を示されて、ただちにそれによつて、「春のい
そぎ」と題した。大東亞の春の設けの、せめては梅
花一枝でありたいねがひは、蓋し今日わが國すべて
の詩人の祈念ではなからうか。

 昭和一八年四月        伊東靜雄

わたしもそこへ行けますか

きみはどうやってそこへ入ったのだろう。いつからそこにいるのだろう。
きのうと同じぐらいの大きさの、化粧水でも入っていたような瓶でした。

ストーリはまったく異なりますが夢野久作の代表作の名前を想起してしまいました。『瓶詰地獄』。

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olympus pen-f 25mm

季節が不整合ですが、
 壜の辣韮(らつきよう)天に首よせつつ死する五月、大人國(ブロブデインナグ)に友欲し   (塚本邦雄:綠色研究)

瓶の中から見る外界はブロブディンナグのように見えるのではないかなあ。

あるひは過去へ

江戸川乱歩が上京前に鳥羽の造船所で働いていたそうです。
彼が住んでいた向かい側の、友人だったという人の家で乱歩に関連したものが展示されています。(江戸川乱歩館)

ポスターの貼ってある窓、むかしのひげそりローションのビン、それなりに古い柱時計を撮りました。

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olympus pen-f 25mm
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olympus pen-f 25mm
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olympus e-m5mk3 135mm


 窓をよぎるは赤き帆柱ははそはの母よはや生(う)みたまふな何も   (塚本邦雄:閑雅空間)
 地主らの凍死するころ瓶詰の花キャベツが街にはこび去られき   (塚本邦雄:水葬物語)
 明日へあるひは過去へ時計のねぢ巻くとわが指に夜の蕺藥(どくだみ)臭ふ   (塚本邦雄:水銀傳説)

検索して、『ははそは』が母に、『ちちのみ』が父にかかる枕詞と教えてもらいました。学校で習ったかしら。「たらちね」は習ったけれども。まして『ははそ』がどんな樹なのかはじめて知りました。恥ずかしい。(汗)
いつも万葉集を教えてもらっているブログ「万葉集の秘密」でちゃんと書かれていたのに見過ごしていました。

海女のいる

雨でも花粉が飛ぶのでしょうか。それとも真性の鼻風邪ですか。
ヒーヒーいいながらプチ家出して、鳥羽でちょっとだけ撮りました。
ちょっとだけなので、少ない成果を出し惜しみして一枚だけ。

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olympus pen-f 25mm


 海士(あま)びとの戀ゆめうつつすりあはす赤銅(あかがね)の肌、靑銅(あをがね)の肌   (塚本邦雄:新歌枕東西百景)


あの大統領や総理大臣や官房長官はなんと破廉恥なんだとおもっていたら、自分がいつの間にか恥知らずの中に入っていました。
きのうイオネスコのことを書いた後、インターネットで彼女の作品を検索したら、代表作だと思っていた写真が出てこないのです。

それは少女がガーターを着けて娼婦かポルノ女優に扮したようなヌード写真でした。
それで初めて気がついたのは「児童ポルノ」です。

児童ポルノ禁止は世界共通の意志ですが、イオネスコの写真は確実にその意志に反していると言えます。
そんな写真を疑問も持たずに検索していた自分が、非常識の世界に踏み込んでいたことにようやく気付いたわけです。

インターネットやテレビで様々な情報を得たつもりになっていましたが、それはpithecntroupus用にカスタマイズした情報でしかなかったと気付きました。知識を切り捨てたことで常識の世界から外へ出てしまっていたのです。(涙)

草の秀

きょうも花粉の日でした。
泣き泣き一枚だけ。
まいどまいどの雑草です。

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olympus e-m5mk3 300mm reflex

 聽かねどもバッハ「旅行く最愛の兄に寄す」てふ 雨の草市   (塚本邦雄:されど遊星)
 草の秀(ほ)にましてするどきこころもてひとりし赴(ゆ)けり炎(も)ゆる夕べを   (塚本邦雄:透明文法)
 草嶺のその二つ家に燈(ひ)ともせば星落ちしやと神とがむらむ   (塚本邦雄:新歌枕東西百景)


先日、『個性的な写真を撮るために非常識になる人はいっぱいいますが、写真でメシを食っているなら世間の常識で非難されても当然。しかし、非難されても撮り続けてほしい』と書いたのは、あるブログ記事(NewOrder)でヴィオレッタという映画の記事を読んだせいかもしれません。
女性写真家イオネスコの写真を初めて見たときは驚きました。それは中学生のころにウィン・バロックの「森の中の少女」を見たときの驚きと共通します。イオネスコの写真の裏話をあのブログ記事で知って、彼女の写真に惹かれる感情がはたして善なのか悪なのか迷います。

花粉の日

涙、鼻水、くしゃみです。
なんだか、頭痛までします。
花粉に負けて、「自己中」の写真を一枚だけです。

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olympus pen-f 50mm macro

きのう柄にもないことを書いたのは読書中の高橋克彦短編集「非写真」のせいかもしれません。12円で買った古書です。
小説には常識からすればどうなんだという写真家(?)が出てくるのですが、同時に彼らを私はすでに知っていたとも感じたわけです。

作者と思われる「私」が写真にまつわる怪奇現象を経験する話が九編はいっているのですが、残念なことに写真に思い入れがあるという「私」の中途半端な写真解説がブレーキです。かれがとうとうと語る遠野物語の写真などあまりにつまらなくて、『あなたは小説家で良かったね』となぐさめたくなります。


 病めば怒りやすき若者黄昏に花粉のごとき咳藥嚥み   (塚本邦雄:驟雨修辭学)

母在り

残滓のつづきということで、ご容赦を。

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olympus e-m5mk3 17mm
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olympus pen-f 42.5mm


周南市が主催する写真賞「林忠彦賞」を3年続けて女性がとりました。こう書くと女性差別といわれそうですが、気になるのです。しかも彼女は写真家でない!
(恥ずかしいことに、受賞者笠木絵津子さんの名前も作品「私の知らない母」も知りませんでした。)

林忠彦賞のHPにある数枚の写真を見るだけで心が動きました。
どれも、その一枚で物語が浮かんできそうです。
たとえば『1953年正月、兵庫県尼崎市元浜町2の89の引揚げ者の寮にて、私を抱く母と、母を抱く私』など、しばらく視線が停止したままになりました。


 母在りしいつの春夜か蛤の潮汁(うしほ)かすかに血のにほひして   (塚本邦雄:約翰傅偽書)

残滓というべきか

そろそろ名張ものこり少なくなって残滓というべき。(汗)

中身の薄さを「残」で三つも引用してごまかします。、
 春雷のしきりなるあかときの闇『晩年』は古書市に殘れりや   (塚本邦雄:風雅)
 西空に紅梅一枝うかうかと殘年に踏み入りつつわれは   (塚本邦雄:海の孔雀)
 殘忍に春の蚊殺(あや)めうつしみの脈迅し風邪熱の妹   (塚本邦雄:靑き菊の主題)

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olympus e-m5mk3 17mm
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sigma dp0q

富士フィルムの新機種のプロモーション・ビデオが非難を浴びていたようです。写真家の撮り方が現在の常識からは逸脱しているからのようです。相手に断らずにいきなりカメラを向けてシャッターを押すスタイルがです。

個性的な写真を撮るために非常識になる人はいっぱいいますが、写真でメシを食っているなら世間の常識で非難されても当然だと思います。
しかし、非難されても撮り続けてほしいとも思うのです。(pithecantroupusが好きでない写真であっても。)

いまは世界遺産になっている古寺を撮るとき構図の邪魔だと境内の松の枝をノコギリで切った土門拳も見つかれば叱られたでしょうし、少女の裸をひそかに撮っていたルイス・キャロルも見つかれば数学者の地位を失ったでしょう。でも、今に残った写真はわたしの心をつかみます。

未知は救いなら既知は?

また名張の写真にもどって、毎度同じような写真で。
旅館名を書いた金文字が気になるのです。とうふ屋さんはかろうじて読める看板ですが現役でした。

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olympus e-m5mk3 17mm
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olympus pen-f 42.5mm
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またいつものように季節外れですが、
 未知は救ひ 夏ふかくなり水槽に豆腐傷つきあひつつ沈む   (塚本邦雄:日本人靈歌)


大阪の天牛古書店がなくなって寂しいと思っていたら今度は京都の三月書店が閉店と聞きました。
ネットでは最近の本がウソのような値段で売っていて何だか申し訳ない気分になります。

といいつつネット通販で高橋克彦のホラー短編集を12円で買いました。
ホラーは苦手ですが、9つの短編がすべて写真かカメラがモチーフと聞いてつい手が出ました。

とりあえず2編ほど読み、気味が悪かったけど、既知の話だとも思いました。
わたしはこの短編の世界をすでに経験してきたという、Deja beです。


癖は死ぬるまで

準備した家出が挫折し、仕方なくきょうは「図鑑写真」で。

90歳を超えた父からコレクションの撮影を頼まれて一週間前に撮りました。
古希を記念して工人が作ってくれたそうです。
(撮影条件がわるくてひどい出来になりましたが頼んだ本人は満足したようなのでOKということにして。(汗))

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 栃の花雨夜ににほひ大伯父の玩具蒐集癖死ぬるまで   (塚本邦雄:豹變)


図鑑というと「なぜ植物図鑑か」と書いた中平卓馬を想起します。
wikiを引用します。

雑誌『美術手帖』1972年8−9月合併号に掲載された吉川知生の投書に中平卓馬が応えるもので、評論というよりは彼のそれまでの写真作品からの訣別、そして新たな作品への意思表示であるといえる。
ある雑誌に発表された「記録という幻影 ドキュメントからモニュメントへ」に対して吉川は、中平の写真からポエジーが喪われてゆくこと、そして一方で批評家としての饒舌さを増していくことを批判した。
これに対して中平は「あるがまま世界に向き合うこと」こそこの時代の表現であるとし、その目標として「図鑑」を挙げた。また、動物には「なまぐささ」が、鉱物には「彼岸の堅牢さ」があるとして、その中間にある「植物」の図鑑を考えた。(ウィキペディア(Wikipedia)より)

このころ中平が写真から逃避するように離れて口舌の徒になっていく、と感じたことを思い出しました。
残念ながらその印象は今も変わりません。

かれかれ

まだ名張、なおなお。
こちらは昭和の景色。
「ケンビシ」は下戸のpithecantroupusでも知っているお酒です。赤い壁は理容店でしょうか。カラスのシャッターはパチンコ屋さんかな。

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olympus pen-f 42.5mm
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olympus e-m5mk3 17mm
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名張は能楽とも縁のある地です。三重県の文化を紹介する県のHPには、「どちらの解釈が正しいか断定はできませんが、」と断ったうえで次のように記述されています。

(前略)
世阿弥の次男元能(もとよし)が聞書きをまとめた『申楽談儀(さるがくだんぎ)』という書物には、「一、面のこと………伊賀小波多にて、座を建てそめられし時、伊賀にて尋ね出だしたてまつし面也」という記述があります。これについては、「伊賀小波多にて尋ね出した面」と解釈する学者もいますが、文字どおり読めば、現在の名張市小波田は、初めて座を建てた地、すなわち、一座を組んだ地だということになります。
(後略)

季節が一致しませんが、
 世阿彌忌の世阿彌 ゼミナールは敎授鼻風邪に涸(か)れ涸(か)れのバリトン   (塚本邦雄:詩魂玲瓏)