ウィルスこわい

きのうの目くらましが効いていることを願いつつ、神仏に戻って。

ところで、いつも元気づけていただく遊遊爺的なNさんがpithecantroupusの記事にコラボしてくれました(遊遊爺的なボクの時間)。空気感のある、人好きのする写真で励ましてくれるブログです。同世代(ちょっとだけウソ!)なのにpithecantroupusよりもアクティブで前向きな生き様を先生にしています。

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コロナ・ウィルスの流行だそうです。引き籠りの新しい言い訳ができました。(汗)
中国からの団体客は大阪から東京への移動途中で奈良公園へ立ち寄ったそうですが、きっと鹿と「濃厚接触」したと思います。
あの濡れてぴかぴかの鼻は大丈夫かなあ。

 神はわが胸を牡鹿となしたまふみのれあからひく朝の少女よ   (塚本邦雄:新月祭)

孤独と連帯

今日は帰宅が遅くなるので朝早く(?)更新です。

pithecantroupusは気分屋で「がまん弱い」「しんぼう弱い」性格なので、お寺と神社ばかり続くのに飽きて、ご近所の海岸で撮った写真でご機嫌を伺います。

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olympus e-m5mk3 samyang 135mm
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奈良原一高のもっとも有名な作品の一つを引用します。

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写真集「王国」の中の、北海道トラピスト男子修道院で撮られた一枚です。

「王国」(朝日ソノラマ写真選書)のあとがきで山崎正和が正眼の写真といったのは、この写真のように、水平線や垂直線が傾いていない写真だと思います。

そして山崎の指摘通り、われわれは日常生活では傾いた景色ばかり見ています。しかし、遠近法の洗礼を受けた現代人は、傾いていても頭の中で真っすぐにしてしまうのです。
だから逆に、水平線や垂直線が傾いていない写真を見せられると、非人間性なもの、ある種の神性を感じてしまうのではないでしょうか。
さらに、垂直も水平も両方とも傾いていない写真は、われわれの見ている現実性から遊離していって、絵画的な印象を与えます。

だから、この写真もモチーフにふさわしい神性を感じさせるとともに、写真の領域から逸脱して絵画へ落ちていく危険性を内包していて、実に危ういと感じさせます。



奈良原の名作のあとで、図々しく、軍艦島ノスタルジアも一枚だけ。

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朝日ソノラマ写真選書版「王国」の扉にはカミュの文章が引用されています。

その中央にヨナは
実に細かい文字で、
やっと判読出来る一語を書き残していた。
が、その言葉は、
Solitaire(孤独)と読んだらいいのか、
Solidaire(連帯)と読んだらいいのか、
分からなかった。

 アルベール・カミュ作「ヨナ」より

ことばは胸に

毎度のことですが、「何撮ってるの?」の類です。本人は結構気に入って撮っているのですが。

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olympus e-m5mk3 50mm macro
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olympus e-m5mk3 75mm
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軍艦島ノスタルジアからも一枚だけ、自己満足で。

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廃坑の歌が見つけられず、「廃」で引用、
 棘のあることばは胸に廃園のあふるるいづみふたりして浴み   (塚本邦雄:歌誌『靑樫』第13巻4号)

神にも仏にも

ちかごろ神社やお寺で撮ることが多くなっているのも老化現象でしょうか。
神仏にすがって往生しようという魂胆が強くなっているのか、自分ではどうしようもない事が増えてきたのか。
すくなくとも、若い精神状態ではなさそうです。

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olympus e-m5mk3 50mm macro
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olympus e-m5mk3 50mm macro

十二相神社で撮ったので季節が合いませんが、十二つながりで、
 十二神將中の一將はつかにも少年のにほひあり夏至眞晝   (塚本邦雄:約翰傳偽書)


奈良原一高についてもう少し書きたいのですが準備不足なので、
きょうはむかし好きだった写真のコピーを「神」つながりで一枚引用します。
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断念のいのち

多賀町佐目の行き帰りに通過した犬上郡甲良町のあたりで撮りました。

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olympus e-m5mk3 75mm
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olympus e-m5mk3 75mm

地蔵堂のような建物を囲むように集められた石仏が並べられ、どれもよだれかけのような前掛けが小ぎれいに着けられていました。


手をつけてしまった「軍艦島ノスタルジア」もあきらめきれないので少しだけ。

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きのうの山崎正和の評文からさらに引用します。

 ものを見ようとするまなざしの意志が、すなわち作家の自己表現にほかならないとすれば、写真芸術は、この自己表現の断念として成立するものといえる。・・・
写真のこの本質を深く理解していない写真家も少なくない。・・・(技法を凝らして)ものとの出遭いの一瞬をあいまいにしてしまう「芸術」写真家・・・・・カメラ・アングルに自己の批評や思想を盛り込もうとする「報道」写真家・・・。だが、奈良原氏はそのどちらにも興味はなく、もっぱら、ものの存在それ自体に激しい好奇心を燃やしている。・・・


 断念のいのち光れり 脣(くち)かみて一把の菖蒲より若き僧   (塚本邦雄:豹變)

老婆よぎり

きのうの行き先は近江多賀町佐目(さめ)でした。

TVドラマで光秀がライトアップされ、確かでない明智光秀生誕地のひとつとして最近名前が出てきた地だそうです。
撮影に連れ出してくれた友人が、光秀にいたく関心を持ち始めた結果です。ミーハーですね。
明智光秀公口伝之地「十兵衛屋敷跡」という真新しい看板を撮っている(しかも5Dmk3で!)友人を尻目に、pithecantroupusは十二相神社という郷社でパチリです。

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olympus e-m5mk3 50mm macro
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olympus e-m5mk3 50mm macro


村の中に立っていた「とびだし君」はおばあちゃんになっていました。

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olympus e-m5mk3 75mm

 眼に見えぬもの轢かれたる滑走路 花かかへたる老婆よぎりし   (塚本邦雄:裝飾樂句)


奈良原一高の初期作品を引用します。手元にあった本からコピーを撮りました。
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かれが撮った軍艦島の一枚です。わたしが最初に衝撃を受けた一枚でした。
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おなじ軍艦島ですが、こののち彼がとる写真のいくつかを彷彿とさせます。
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これも軍艦島ですが、「土門拳」のかけらが残ってますね。世代のせいでしょうか。
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かれのもっとも早い作品「無国籍地」の一枚です。かれの性格が正直に出ているように感じます。


「王国」(朝日ソノラマ写真選書)のあとがき(山崎正和「閉じられた世界の探究者」)からさらに引用しましす。

 顕著なのは、眼の高さから水平に眺められた構図の多いことであろう。とくに修道院で人物を写す場合、作者はその大部分を、対象と同じ高さの姿勢をとって眺めている。・・・日本の武道でいう「正眼の構え」であるが、いわばこれがこの写真集の基調音をかたちづくっているといえる。
 ものと「正眼」であい対したとき、われわれのできあいのものの見かたは、その根底をゆさぶられる。なぜなら毎日の生活のなかで、ひとはあんがい、ものを真正面から水平に見るということをしていないからである。人物や静物を「正眼」で見れば、われわれもまたものに正面から見返される。できあいの感傷的で概念的なものの見かたを毀すために、これはもっとも端的な手がかりであって、・・・・・それはまた写真に安易な文学性を持ちこむことを許さないし、逆に、写真を線と光のアラベスクに変えることも許さない。
すなわち、作品をいかにも「作品」らしく見せかけるために、これはもっとも困難な方法であり、作家の自己表現にとっても、これは意図的に選ばれたもっとも克己的な方法なのである。

きょう引用した写真の4枚目にかれの性格が出ているというゆえんです。

旗手にくちづけ

友人のおかげで脱出成功です。半日のリフレッシュ・タイムでした。

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火曜日からの軍艦島ノスタルジアも、心のなかの奈良原一高への惜別としてちょっとだけ。

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「別れ」つながりで、1975年11月刊行「透明文法 ~水葬物語以前」より。(水葬物語は塚本邦雄の第一歌集で1951年出版です。)
 別れぎは聯隊旗手にくちづけをゆるしたあとのいたむあけぼの   (塚本邦雄:透明文法)

知らえぬ路行く先

ご近所の海岸へ。

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olympus e-m5mk3 samyang 135mm
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olympus e-m5mk3 samyang 135mm
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olympus e-m5mk3 samyang 135mm

郵便局で振込がおわったらこのまま家に帰るのが嫌になって、ちょうどカメラの入ったバッグを持っていたので、てくてく家と逆の方へ歩いて行って、海岸で猫に挨拶をしたり、海の上を飛ぶ鳥を眺めたりしながら、ちょこっと写真も撮ってきました。
たった1時間の家出。でもストレスが少し軽くなりました。

 鳥は吾(あ)に知らえぬ空の路行くか眞靑(まさを)の海の水脈(みを)敎へてよ   (塚本邦雄:新歌枕東西百景)

莫迦の友

まだ新たな撮影に行けていないので、「軍艦島ノスタルジア」でごまかします。(汗)

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きょうこそは家出、雨が降っても家出、と思ったのにまた失敗しました。ストレスばかりです。

脱出し損ねたついでに、友人がグループ展に写真を出品しているというので見てきました。2年前にも行っているのですが、当時よりグループのメンバーが減っているような印象を持ちました。写真もフレーミングから印刷までグループ全体の質が落ちているように感じ、メンバー全体の老齢化を、自分のことは棚に上げて、懸念しました。

 心飢うればわれ戀ふるてふ莫逆の友に鶉の寒卵百個   (塚本邦雄:約翰傳偽書)

莫逆(ばくぎゃく)を莫迦と読んでしまいました。(笑)
ストレスで頭がおかしくなったのか、老齢化で狂ってきたのか、どちらにしろ困った困った困ったなあ。

眼のとどかない「閉じられた世界」があることを

なお奈良原一高、なお軍艦島です。

奈良原は、軍艦島の写真「人間の土地」に先立って軍需工場の廃墟をとり、「人間の土地」につづいて「王国」を撮りましたが、その「王国」を大学生だったpithecantroupusは1,800円という値段にびびりながら朝日ソノラマ写真選書で買ったのでした。
その本がいまや古書で10,000円を超えていることに時間の経過を感じます。

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軍艦島の証明写真も一枚、ちっちゃく。

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朝日ソノラマの本のあとがきを山崎正和が書いていて(「閉じられた世界の探究者」)、冒頭でつぎのように書かれています。

 作家は自己表現としてものを見るのであり、したがって、見られたものは作家の自己拡張の跡だということは、近代美学の言い古された常識である。しかし、それはほんとうに正しい常識なのか。たとえば奈良原一高氏のような作家に出あうとき、わたしはひそかにそのことを疑いたくなる。
 いうまでもなく、奈良原氏の観察が個性的であり、氏の作品が独特の世界をかたちづくっていることには、なんの疑いもない。(中略)だが、それにもかかわらず、わたしはこのひとの作品を見るとき、その背後に、作家の眼のとどかない「閉じられた世界」があることを感じるのである。(以下略)


きのうアップした写真の4枚目を削除しました。
個人的な感覚にすぎないのですが、きのうの4枚目の写真を見て3.11を感じたのです。
忘れてはならないけど、やっぱり胸が痛みます。
ついでに言えば、わたしは東京オリンピックにある意味で反感を持っています。1964は戦後復興が一段落して開催されました。東北の復興はまだまだそこまでいっていないと思います。東日本が復興してから、東日本を会場に開いてほしかったのです。金や資材をつぎこむところが間違っていると感じるのです。

うつつに近くかつ遠く

家出に失敗しました。(涙)
あすからは雨が降る予報で、さらに脱出がむずかしくなりそうです。ほんとうに涙が出そうです。

大好きな写真家の一人、奈良原一高が亡くなったそうです。

あたらしい写真が撮れなかったことと、奈良原の死を悼んで、きょうは、10年以上前に撮った軍艦島の写真で。

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かれが軍艦島を撮った「人間の土地」を発表したのは25歳の時なんだそうです。
その才能に嫉妬したくなっちゃうよ。(笑)

 葛湯すするうつつに近くかつ遠く昔ブニュエルの「糧なき土地」   (塚本邦雄:黄金律)

あかるめる

きょうもツバキです。せめて明と暗でごまかします。
あすこそはこっそり家出をしようっとたくらみ中。

 春泥の一滴はねてあかるめり椿医院の「明日休診」   (塚本邦雄:風雅)

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「たくらみ」を漢字変換したら「企み」とでました。
漢字で書くと「企画」とか「企業」とかプラスイメージなのですが、「たくらみ」というと「悪だくみ」のイメージが先行してしまいます。
家出は「たくらみ」のほうですね。

『あかるめる』は明るめるとずっと思っていたのですが、ふと、赤るめるというのもあるのかなと。

麒麟来い

頭がますます狂ってきたグレーテルのかわりに、ヘンゼルは魔法使いのおばあさんにこき使われて竈から離れることができません。(涙)
隙を見て、庭に咲いている花をそっと窓から撮りました。

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olympus e-m5mk2 samyang 135mm

同じ写真をモノクロで。
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olympus e-m5mk3 samyang 135mm

外は風が吹いてます。
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olympus e-m5mk3 samyang 135mm

 肝よりむしろたましひ病むと診(み)られける椿医院のうへの夕空   (塚本邦雄:豹變)

きょうからNHKの新しい大河ドラマが始まりました。
グレーテルは「麒麟」はあの首の長い動物だと思っていたようです。
なぜ戦国時代にキリンがくるのかと思っていたようです。

 寒夕映蒼かりければ禽苑の麒麟(きりん)おろおろとして水欲(ほ)る   (塚本邦雄:歌人)

ここにあたらし

初詣の行き帰りにとった正月景色。重箱の隅を突っついて出した写真とも言います。

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olympus e-m5mk3 samyang 135mm
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olympus e-m5mk3 samyang 135mm

 冬原に湧井掘るとて標(しめ)結へりあらがねの土ここにあたらし   (塚本邦雄:風雅)

昨夜はグーグルドライブでの動画処理に時間がかかってしまいました。その割には出来がショボかったのでがっかりです。
土が新しいという歌に一瞬原節子の名前が浮かんでしまいました。古いなあ。

ぬばたま

きょうは阪神大震災の日です。あの日のテレビ画面は忘れません。
(ファイルのアップロードに時間がかかって更新が遅れました。)

 神戸港元旦未明ぬばたまの黒船から「薔薇色の人生」   (塚本邦雄:黄金律)

去年の写真で短い鎮魂曲を。



曲は2000年のガブリエル・ヤレドがオータム・イン・ニューヨークにつけたものです。