神様つながりで神だのみ

午後から激しい雨で出かけられなくなりました。カメラを磨いて準備していたのに、です。
なかなか思うようになりません。
ということで、回想法ばかりでお茶をにごします。(汗)
(言い訳がだんだん上手になってきたような気がします。)

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E-M5

トオヌップも続けてます。

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眉をひそめて

主夫業はたいへんです。これといってまとまった仕事をしていないのに疲れました。
ということで、連日の手抜き「トオヌップ」です。(汗)

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百日紅の花があちこちで咲いてます。(撮りたいなぁ)
塚本邦雄に白い百日紅について次のような文があります。母親が8月末に他界したときのことを思い出して書かれています。

 さむざむとした晩夏に、浄土眞宗大谷派の願ひ寺の境内に咲いてゐた白い爽竹桃を忘れない。他の地方のことは知らないが、
私の故郷では、白花の爽竹桃や百日紅は、在家には植ゑぬものとされてゐた。
知らずに植ゑると、あるいは知りつつ横車を押して植ゑると、
大人は忌ほしいものを見るやうに眉を聾めて領き合ったものだ。 (『百花遊歴』)

きょうは塚本邦雄風にいうと敗戦記念日です。(わたしの父も終戦と言わず敗戦にこだわっていました。)
それで映画「日本のいちばん長い日」のビデオを見てました。1967年版のほうです。
先日テレビで2015年版をやっていたようですが見ていません。
最近亡くなった橋本忍脚本の、三船敏郎、加東大介、志村喬のでてくるほうが見たかったのです。
戦争映画は古いものの方が人間臭さを感じます。
敬礼の仕方など、新しいほど白々しいのです。

盆休み

お盆休みですが高齢者には”休み”になりません。あれやこれやと。
と、言い訳をしたうえで、トオヌップだけでお茶をにごす「老獪」さを身につけました。(汗)
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どこが”遠野”だ言われそうです。
良いんです、わたしは見たのですから。
と、開き直る「狡猾」さも身につけました。(笑)

お許しを

先週土曜日の「職務専念義務違反」を2枚ほど。
こんなことしていたらきっと直に解雇通告をもらうでしょう。お許しくだせいお代官様ぁ。
きっと、チコちゃんにもしかられるなぁ。

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E-M5mk2 42.5mm

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E-M5mk2 300mm

マイ・ブームもつづけます。
わたしの”トオヌップ”です。

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進歩なし、進化なし

郷土史音痴のよそ見写真と、遠野で撮った写真がどこか似ています。
ということは、この8年間で私の写真はちっとも進歩していないということでしょうか。(涙)

すこしだけ進歩しているかもしれないと思う点もあります。
遠野はズームレンズを使っていたせいか、、「のぞき見」のような、「額縁」にいれたような窮屈な写真が多いのです。
それが8年間ですこし改善されたと、こっそり自画自賛。

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DP2Q

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DP2Q

こちらは遠野で撮った、「らしさ」はない写真です。(汗)
ここで何が撮りたいのかあいまいだったからかなぁ。
ま、それにしても「華」のない写真だこと!

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さて先日買った写真雑誌の記事から引用します。
(アサヒカメラの90年 第20回 デジタル化の波のなかで 鳥原学 )
(前略)
 何度か触れてきたように、ネイチャーフォトを支持してきたのもまた、本誌の中心的読者である中高年層だった。そんなアマチュアの成長を促そうとしたのが宮嶋康彦だった。宮嶋は98年の連載「2001年の自然写真」と翌年の「2001年の花鳥風月」で“新しい風景写真への提言”を試み、ネイチャーフォトの見直しを提唱した。
 まず「2001年の自然写真」の冒頭で、いま自然をテーマにした写真が硬直化し行き詰まっていると指摘。その責任は「人工物の写った写真は自然写真にあらず」としてきたメディアにあり、こうした言説と「個性を欠いた『お手本写真』」の氾濫が、本来の個性的な写真を目指す面白みを奪った。重要なのは、自身の体験に基づいた自然観からテーマを見いだすことだと説いている。そして、宮嶋は「自然写真についてのまとまった論考がない」(98年12月号)として、翌年の「2001年の花鳥風月」につなげている。
(後略)

そういえばやたらと「電柱が、電線が邪魔」と言い、「人工物の写った写真は」排除しようと心がけている友人がいます。
そして、かれの写真は記念写真か絵葉書の域を出ていません。でもかれはそれで満足しています。
つまり、雑誌の読者に限らず、「高級カメラ」をもっている多数の中高年層は、いまさら新しい地平に踏み出す意欲もなく関心もなく、「上手な風景写真」をつくりつづけています。
他山の石です。

勝手にしろサルスベリ

史跡を撮らずに”アマノジャク”はよそ見ばかりです。史跡を見ると目が回る?(笑)

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 「英雄」を聽かさるる夏いらいらと指揮者勝手にしろ百日紅  (塚本邦雄)


自分自身に好評につき、遠野物語からも一枚だけ。
ええ、自己満足ですよ、自己満足。
自己中かも知れませんね。中心でなく中毒の”中”です。
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いきたしとおもえど遠し

郷土への興味・関心がうすいとか、歴史認識への勉学が足りないといわれてもいたしかたありません。
地元の史跡を撮りにいって、こんな写真を撮っているようでは、です。
でも好きなものはやめられません。

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DP2Q

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DP2Q

お寺の鐘楼になっていたのは太鼓櫓だそうです。登城の合図のドンドンというあれです。いまはゴンゴン。
太鼓櫓があった城は二代目のもので、初代は近隣のお城の材になったみたいです。
二代目の城を築いたのは、吉宗の享保の改革をささえたスタッフの一人だったと聞きました。

さて、回想法に耽溺して。
なつかしい遠野物語は玩具のお手玉の匂いがします。

 養老院へ父母を遣らむとたくらむに玩具のバスの中の空席  (塚本邦雄)
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非記念写真

むかしの城の遺構がお寺の鐘楼として残っているから撮影に行こうという友人の後ろから、
45mm相当の単焦点レンズ固定シグマDP2Q一台だけもって、

どこどこへ行ってきましたぁ、なになにを見てきましたぁ、というだけの「記念写真」は撮らないぞと、
PASHA!
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DP2Q

お口直しは「遠野物語」。(汗)
あっ、これは「記念写真」ではないか。

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何の陰影遠近画

遠野物語なお。(うしろめたいけれども)
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仕事はしているのですが精神的引きこもりなのかどうもいけません。 きょうは街路樹のサルスベリを撮りました。。
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 百日紅(さるすべり)淡き飛火の空冷えてわが死は生の陰影遠近畫(シキアグラフイア)  (塚本邦雄)

立秋のかなしみ

一日中くもがかかって少しだけ暑さがしのげて、立秋という空々しかった言葉がちょっとだけ許せるお天気でした。
暑さがきっとわたしの脳にもダメージを与えた証拠に、8年前の写真がやたらに良いように感じます。(だれも認めてませんが)
それできょうも遠野物語。

森山大道の遠野物語にいわゆる観光名所のたぐいは出てきませんので、わたしも町のふつうのたたずまいを。
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一日中、回想法をやっていてはかえってよくないので、きのう「Qたろう」を撮ったおまけの写真も2枚だけ。
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E-M5mk2 60mm

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E-M5mk2 60mm

 立秋のかなしみ梢(うれ)にあふれつつ栂(とが)一樹おそらくは父の木  (塚本邦雄)

Q(キュー)

きのうで在庫も払拭したので、こっそりカメラを持っていって一枚だけパシャしてきました。
この前から気になっていた木です。

秘かに「Q太郎」と私は呼んでます。
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E-M5mk2 60mm

あとはまた棚卸し写真の「遠野物語」です。
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先日の写真家の話をつづけます。
梅佳代について、菅付雅信「写真の新しい自由」(玄光社)から、
 ここで僕なりの評価も語ろう。多くが語るように梅佳代の技術はゼロに近いが、ハンターとしての写真家の力は、桁違いのものがあると思う。そして「技術的によく出来たつまらない写真」よりも「へタクソだけど面白い写真」の強さを再認識させてくれる希有な存在だろう。

そこには評論家飯沢耕太郎の文章も引用されていて、
 生命感、エネルギー。梅さんの写真は、現実世界のものや出来事の意味を捉え、それらが放つエネルギーをうまく捕まえています。鑑賞者に彼女の写真のエネルギーを感じ取るアンテナがあれば、これほど面白い写真はない。彼女の写真が下手だとか 誰でも撮れそうだと思うなら、撮ってみろと。撮れませんよ。正直、木村伊兵衛写真賞を取った時は一発屋かと思ったので、反省しています。
と。

わたしは、進化したカメラとスマホが彼女を見直させたと感じます。

きょうは広島の原爆忌でした。
 原爆忌昏れて空地に干されゐし洋傘(かうもり)が風にころがりまはる  (塚本邦雄)

暑いです

デパートは夏物バーゲンですが、こちらも最近の写真の残り物バーゲンです。
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デパートは「棚卸し」というのもするから、きのうの「遠野」回想法に味をしめてむかしの写真も一枚。遠野「南部曲り家千葉家」。
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回想法かも

一昨日に小栗昌子「トオヌップ」と書いて、遠野を思い出し、以前つくったムービーをブログで確認したらリンクが切れていました。保存先を変えたのをほったらかしていましたので、再アップすることに。


ふるいムービーだけではいかがなものか、と感じたので8年前の写真を少し現像しなおしてみました。
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「トオヌップ」で林忠彦賞を受賞した小栗昌子の近況が分からないので、一昨日あげた作家のうちベレニス・アボットについて、
尊敬する荒木経惟(あらき のぶよし)の文章を長々と引用します。

 いつだったか、私がもっと青年だったころ、あのジャン・ユージェーヌ・オーギュスト・アッジェ(一八五七〜一九二七)を空想したことがある。
 いつものように、アッジェは夜明けとともに大きなカメラと各種の道具をかついで家を出た。家財道具を全部かついだ浮浪者のように、被写体を探し求め、パリの裏街を徘徊していた。そのアッジェにぴったりとくっついて離れない野良犬がいた。日が沈むまで、ずーっとアッジェと野良犬はいっしょだった。夕やけの中を行く、そのシルエットを見て、夜の女たちは、「まるで親子みたいね」とささやきあった。
 野良犬は、アッジェの家までついてきて、半分のパンと、ビンに半分の牛乳と、ほんの少しの砂糖をごちそうになると、どこへともなく、夜の中に消えた。次の朝になると、また、どこからか現れてきて、アッジェにぴったりとくっついて、パリの裏街を徘徊するのであった。そんな毎日であった。そんな野良犬をアッジェは息子のように愛した。子ともはいなかったが、決して寂しくはなかった。アッジェには愛する妻と野良犬と、そしてパリがあったのだ。
 私は、その野良犬になって「東京」を撮ってみようと思、想した。ところが、「京都」で、この犬眼写真をやっている男がいた。中平卓馬であった。名前にさからって「犬の世界」を撮ってやがる。ヤラレター! いまよりもっと若いころの私は「早いもの勝ち」思想だったので、マネといわれるのがいやで、「アッジェの野良犬」撮影をやめてしまった。
その頃にWORKSHOP写真学校があって、東松教室に入学していれば、あんなにあっさりとやめなかったと思う。実をいうと、その「犬の世界」は見ていない。「アサヒグラフ」の新聞広告で、タィトルだけ見たにすぎなかったのだ。アセッていたのだ有頂天才の「荒木のぶよし」も。あの「犬の世界」が中平卓馬にとつての「実戦写真教室」たったのであり、そして彼の名作「来るべき言葉のために」が生まれたのだ。
 といううイキサツの理由だけてはないが、今回は、「犬眼写真」術である。題して「アッジェと愛犬ベレニス」 -この「愛犬ベレニス」というネーミングは、アッジェの死後、当時のシュールリアリストたちとともにアッジェの写真を高く評価し尊敬していたアメリカの女流写真家ベレニス・アボット(一八九八〜一九一四)が、そのオリジナルプリントを作り、世界中に彼の真価を紹介したということに由来する。細江英公の話によると、ベレニスは、ほこりをかぶって汚くなってしまった傷だらけのネガフィルムを、愛する男の肌を愛撫するようにやさしく、きれいにして、彼の気持ちになってプリント作業をしたそうである。

荒木がこれを書いている場面は昭和50年でした。

かすかにかたむき

一身田で撮った写真もきょうでおしまいです。また訪れたい町でした。

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E-M5mk2 60mm

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E-M5mk2 60mm

おくればせながら、火曜日は火星大接近だったと聞いて、
 惑星の正午かすかにかたむきて人はくれなゐさす死の器  (塚本邦雄)

きのうさんざん写真家の名前を引用したのでそれぞれの説明をしようと目論んだのですが、間に合いませんでした。
明日こそ。

知性は逍遥しわたしの頭は消耗する

いつもの通い道で見るイネがみるみる育ってきたので、こっそり鞄にカメラを入れていって一枚パシャと。

 真夏なすことなく逍遥す不毛なる田園の多毛なる農夫たち  (塚本邦雄)

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E-M5mk2 60mm

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E-M5mk2 60mm

ひさしぶりに写真雑誌を買いました。脱・風景写真という見出しに惹かれたからです。
とはいえ手に入れれば、活字よりも写真の方が先に目に入ってきて、記事を読むのは後回し。日ごろテレビばかり見ていて字を読む能力が育っていないのでしょう。(汗)

口絵写真の作家たちの名前を見て、女性が多いことに驚きました。
今年の木村伊兵衛賞の候補者が全員女性だったことにショックを受けたことが思い出されました。

考えてみれば、ベレニス・アボットやマーガレット・バーク=ホワイト、イリナ・イオネスコなどみな女性でした。大好きなダイアン・アーバスだってそうです。石内都、蜷川実花、梅佳代と日本だっていっぱいいました。遠野を舞台にした好きな写真集「トオヌップ」の小栗昌子もです。
もっとも、おバカな私は「未来ちゃん」の川島小鳥も女性だとずっと思っていました。(大汗)