2012/11/05
長野県南佐久郡にある、悲恋の伝説の池
むかし、佐久の麦草峠に、大きな屋敷をかまえて、長者がすんでいた。
長者は、たくさんの人びとをやとって、広い畑に作物をつくらせ、広い山林の手入れをさせていた。
そのやとっている一人の若者と、長者の一人娘が、いつの間にやら、深く愛し合うようになった。
「わたくし、あなたなしでは、いきていかれないわ」
「おれとても同じ、お前さんなしでは、いきていかれるもんか」
二人の仲を知った長者は、はげしくおこった。
「一人娘のお前が、やとわれ人と深い仲になるとは何事だ」
「やとわれ人のお前が、わしの一人娘に恋するとは、もってのほかじゃ」
おこりおこった長者は、若者を追いはらってしまった。
若者は、人里にはおれず、深い山の中へわけ入り、ゆくえをくらませてしまった。
娘はなげき、悲しみ、若者をさがしに山にはいろうとしたが、長者の目が光っていて、なかなか屋敷をぬけだせなかった。
苦しい、悲しい日が、幾日もつづいた。
ある秋の日、ついに娘は、長者の目をぬすんで、屋敷をでて山にわけ入った。
山は深く、広く、大木が生いしげっていて、昼でも暗く、道らしい道はなかった。
霧がたちこめ、ぶきみな鳥や獣が鳴いた。
「こんなさみしい山の中、あの人は、いったいどこにいるんだろう」
娘は若者にあいたいあまり、こわいのもわすれて、山の中をさがし歩いた。
夜は木こり小屋らしいところや岩かげで眠った。
「あの人はもう、この世にはいないにだろうか。あの世でもいい、あの人にあいたいわ」
幾日かすぎた、ある日の午後、娘は身も心もつかれはて、大木の根もとにくずおれ、つい、うとうと眠ってしまった。
その眠っている間の夢の中で、娘は若者にあった。
「おれ、白駒の池の底深くで、あなたを思い、さびしくくらしている。あなたと結ばれますよう、ただただねがっています。」
「やっとあえたわ、もう別れ別れになるにはいや」
娘がそうさけんで、かけよろうとしたとき、目がさめ、若者の姿がかききえてしまった。
「ああ夢だったのか。悲しいわ、さびしいわ」
娘が、腰をのばして起きあがると、ふしぎなことに、木々の間をぬって、一頭の白い馬が、音もたてず、ただようように、近づいてくるではないか。
やがて、娘の前にきた白馬が、
「わたくしは、白駒の池の精。あなたのいとしい人は、わたくしの池の中の国でくらしています。あいたいでしょう。さあ、私の背にお乗りください。」
といい、娘に背を向けた。
「あの人にあえるのですか。あの人といっしょにすごせるのですか。おねがいします。」
娘が白馬の背にまたがると、白馬は、ただようように、木々の間をぬってすすんでいった。
やがて、行く手が明るくなったかと思うと、やたかに水をたたえた池がまっていた。
「この池がわたくしの池です。地底の国に居る一しい人にあいたいのですね。いってもいいですね」
「はい、いいですとも---。ねがうところです。」
娘がすかさずそういうと、白馬は、しずかにみずぎわに近づき、音もたてずに、池のなかにへすいこまれていった。
白馬と娘をすいこんだ池は、何事もなかったかのように、青く清くしずかにすみわたっていた。
(小海町観光協会HPより)