天に遠き地

きのうのつづき1枚。

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sigma dp0q


カメラが出てくると聞いただけで読みたい気持ちになります。
柊サナカの小説「人生写真館の奇跡」には3人の人生と3台のカメラが出てきます。

でも、それぞれの登場人物が使うカメラに違和感が残ります。「谷中レトロカメラ店の謎日和」でも感じた違和感です。
キヤノンオートボーイ、ライカⅡF、ニコンF3が出てくるのですが、
オリンパスペンEEかビテッサ、ヤシカエレクトロ35かヤシカリンクス、ニコンEMかフジカミニがpithecantroupusのイメージでした。


レトロカメラの小説を読んだ記念写真を2枚です。
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モデルはキヤノン4sbのUSBメモリと壊れたピストル型ライターです。

 晴天に遠き地階の抜け道に少女ゐて錆びし銃器を愛す   (塚本邦雄:裝飾樂句)

ホラ吹きの裔とて

オリンパスOM-1と未来技術遺産に同時に選ばれたトプコンREスーパーは持ってないのですが、
普及機のRE2の頂き物があったので記念写真のつづきです。これも縁のおかげです。

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olympus pen-f 25mm
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olympus pen-f 25mm

RE2とほぼ同世代のハーモニカは、もう50年以上誰の唇にも触れていないと思います。
 ハーモニカ吹きの裔とて肥厚性鼻炎つのらすとのゐつとめき   (塚本邦雄:透明文法)


ぼけぼけではトプコンが可愛そうなのでおまけを一枚。
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olympus pen-f 25mm

未来とは

オリンパスの映像部門が本体を離れるというのは、他家へ養子に出されるような感じですが、そんな矢先に国立科学博物館「未来技術遺産」にOM-1が選ばれたということで、記念写真を。

それにしてもOM-1と一緒に選定されたカメラがトプコンとミノルタでは、オリンパスの未来は暗いなあ。

 未來とはあけぼのの墓地、妻とその母らの水銀色の墓碑充つ   (塚本邦雄:水銀傳説)

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olympus pen-f 17.5mm
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olympus pen-f 17.5mm

40年以上前にハワイ土産にもらったヤシの実の灰皿は愛用しすぎてボロボロですが、
いかにもpithecantroupusのお下劣な品性にぴったりのスーベニールで、ついつい精神的にゆるんでしまいます。
いまだに、です。

先祖はX

先日、オリンパス・ミューを撮ったので、ご先祖筋のオリンパスXAも撮ってみました。こちらも父から譲られました。

「先祖」の歌を見つられなかったので、「ぜんそく」で、(汗)
 喘息家族われらが愛すクレーの書一つ、さかさまに鳥囀(な)くけしき   (塚本邦雄:水銀傳説)

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懐旧の大平宿も一枚だけ。

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Mの記憶

付添というのも疲れますね。大変なのは他人なのに、自分の都合でない用事ということに疲れるような気がします。我儘のつけが回ってきているのかも。

カメラはオリンパス・ミュー。父の持ち物でした。

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olympus e-m5mk2 17mm

ミューへの敬愛をこめてもう一枚。
化石は子供の夏休みの宿題の残骸(?)。

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olympus e-m5mk2 25mm

ミューにちなんで、μの大文字Mの歌を、
 蒼き貝殻轢きつぶしゆく乳母車・many have perished, more will(あまたほろびたり、さらにほろびむ)   (塚本邦雄:日本人靈歌)


コロナ禍にカミュ「ペスト」への言及があちこちにありますが、これもそのひとつです。メインはカミュではなくジョージ・オーウェルですが。

 疫病大流行のいま、カミュの『ペスト』やデフォーの『ペストの記憶』が新たに読み直されているのは、話題がタイムリーであるからだけでなく、それらの古典としての力にもよるのだろう。(ジョージ・オーウェルの)『一九八四年』も、市民的自由と国家統制の相克、現代の権力のありよう、権力の暴走の怖さ(私たちが彼らを監視していなければ「ビッグ・ブラザーがあなたを監視中」となりうる怖さ)を1人ひとりが考えるうえで、思考のヒントとなる古典であると思う。
 当面は新型コロナウイルスがいちばんの脅威で、私たちは政権担当者の愚策・無策に遠慮なく批判の声を挙げつつ、とにかくこれに耐えて生き延びねばならないが、(ナオミ・クラインの用語をもじるなら)「惨事便乗型全体主義」とでも呼ぶべき動きにも注意を払っておいたほうがよさそうだ。「オーウェル」世界をフィクションに留め置くために、いまオーウェルから学びうることは多い。(川端康雄「新型コロナ時代に、ジョージ・オーウェルが再び注目される理由~ディストピアの言語とは何か)