2011/10/10
夜汽車

松本 2009 E-500 ZUIKO DIGITAL 14-45mm F3.5-5.6
◆オリンパスペンEED (※ これはフィクションです)
日が落ちて車窓には外の景色に加えて車内の風景が映るようになった。トンネルに入ると外の景色が消えて車内の様子がさらにはっきり鏡みたいに映った。
長いトンネルだった。ガラスに映った車内の様子をぼんやりと見ていた。ちょうど私の席から通路を隔てた隣のボックスにいる親子が見えた。若い父親と母親の間に、まだ学校へ行く前だろうか小さな女の子が座っている。三人とも黙ったまま前を見て、子供も両親の間の狭い場所で身じろぎもせずおとなしく座っている。
私はその家族から目が離せなくなった。
窓際のテーブルに置いたままのカメラに手を伸ばした。気がつかれたらきっと逃げてしまう。花にとまったチョウを撮るときのように、そっとカメラを構えた。振り返って直接カメラを向ければ気づかれてしまうだろう。ガラスに映っている三人の姿をそのまま撮ろう。
ジィッと少し長いシャッターが切れた。f1.7とはいえ、プログラムシャッターはきっと8分の1秒の速度だったに違いない。多分ブレてしまっただろう。
トンネルを出ると車内の景色は淡い色になってはっきりしなくなってしまった。またトンネルに入ってくれたら、もう一度撮ろう。
トンネルはなかなか来なかった。ついしびれを切らして、私は三人のほうを振り向いた。私が予想したとおり、そこには誰もいなかった。あれは、確かに息子の家族だった。息子、嫁、孫。
私は急に思い出した。息子たちと私はもう同じ世界にはいないのだ。今夜は私の通夜の晩で、息子はとうとう私の死に際に間に合わなかったのだ。
カメラを見ると使い慣れたオリンパスペンEEDだが、いつもの梨地のボディではなく、あの世界には無かったはずのブラックボディだった。