阿呆エンジェル

コスモス撮影行の収穫物なお。
きれいに咲いたコスモスを目の前にして撮らない、というのはどこかこわれているのだと思います。
先が心配です。

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正気を失っていない証拠もちょっとだけ。
まだ大丈夫です。

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olympus e-m5mk3 135mm

正気だけどちょっと間違えることは増えました。
先日書いた「柊サナカ」の名前を、何度読んでも、サカナであったりカナサであったりナカサであったり、一度で頭に入りません。

これも以前に引用したWEBちくまの穂村弘の連載にこんなのがありました。一部を引用します。

 こんな短歌がある。
  エンジェルを止めてくださいエンジンの見間違いだった地下駐車場    戸田響子
 「地下駐車場」で見かけた「エンジェルを止めてください」は「見間違い」だった。正しくは「エンジンを止めてください」。だが、それが間違いであることがわかるまでの数秒間、作中の〈私〉の心は別世界に飛ばされていた。「エンジェル」は地上で何をしようとしているのか。止めないとどんなことが起きるのか。「止めてください」と頼んでいるのは誰なのか。もう一つの世界は、既知の現実世界よりも不穏なときめきに充ちて美しい。・・・見間違いや錯覚が、もう一つの世界を生み出す。それは短歌に限らない。

見間違いや勘違いがもうひとつの正気でない世界へつれていってくれるというのは確かだと思います。ちょっとこわいけれども。

 くりかへし翔べぬ天使に讀みきかす―白葡萄醋酸製法祕傳   (塚本邦雄:水葬物語)

生きて虜に

2週間前にヒガンバナを撮ったとなりの市の山沿いの棚田へ行ってコスモスを撮ってきました。
でもヘソも曲がっているので、コスモスでないものも気になりました。

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 アメリカ背高泡立草三ヘクタール生きて虜囚の辱(はづかしめ)を受けよ   (塚本邦雄:黄金律)

 すでにこの世にいない人たちが、ひと月前亡くなった時に乗り合わせたバスで午前0時にこの世に戻り、こちらの世界に残された家族たちと一時間だけ再会します。
 赤川次郎「午前0時の忘れもの」を読みました。

 読み終わってから、ネットで検索して、大林宣彦の映画「あした」の原作だと知りました。大林宣彦はことし4月に亡くなられましたが、この映画の脚本を書いた桂千穂という方も8月に亡くなられたようです。

 午前0時にあの世からの乗客を乗せたバスが到着するシーンで、午前0時過ぎにあの世からの英霊を乗せた列車が東京駅に到着する映画「姿なき一〇八部隊」を思い出しました。

いわば天罰

一身田を散歩中です。

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 戰死こそ至福といはば天罰の黑胡椒くちびるの炎ゆるまで   (塚本邦雄:感幻樂)


きのう引用した文のあとへ、「別の人が別のところで」とリンクをはったサイトから末尾の部分を。
これは、pithecantroupusのようなへそ曲がり、変人、アマノジャクへのエールに違いありません。(汗)

 共感なんか、なくてもいいじゃないですか。そんなものばかり求めていると、身動きできなくなりますよ。きちんと条件を定めて、ルールを決めておけば、共感できない人、理解できない人とでも、共生し、協働することはできる。何らかの「よきもの」をこの世に送り出すことはできる。その方が粘ついた共感の檻に閉じ込められて、身動きできずいいることよりも、ずっと愉快だし、有意義だと僕は思います。でも、そのことをアナウンスする人が少ない。(内田樹「『日本習合論』ちょっと立ち読み」)