未知は救いなら既知は?

また名張の写真にもどって、毎度同じような写真で。
旅館名を書いた金文字が気になるのです。とうふ屋さんはかろうじて読める看板ですが現役でした。

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olympus e-m5mk3 17mm
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olympus pen-f 42.5mm
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sigma dp0q

またいつものように季節外れですが、
 未知は救ひ 夏ふかくなり水槽に豆腐傷つきあひつつ沈む   (塚本邦雄:日本人靈歌)


大阪の天牛古書店がなくなって寂しいと思っていたら今度は京都の三月書店が閉店と聞きました。
ネットでは最近の本がウソのような値段で売っていて何だか申し訳ない気分になります。

といいつつネット通販で高橋克彦のホラー短編集を12円で買いました。
ホラーは苦手ですが、9つの短編がすべて写真かカメラがモチーフと聞いてつい手が出ました。

とりあえず2編ほど読み、気味が悪かったけど、既知の話だとも思いました。
わたしはこの短編の世界をすでに経験してきたという、Deja beです。


癖は死ぬるまで

準備した家出が挫折し、仕方なくきょうは「図鑑写真」で。

90歳を超えた父からコレクションの撮影を頼まれて一週間前に撮りました。
古希を記念して工人が作ってくれたそうです。
(撮影条件がわるくてひどい出来になりましたが頼んだ本人は満足したようなのでOKということにして。(汗))

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 栃の花雨夜ににほひ大伯父の玩具蒐集癖死ぬるまで   (塚本邦雄:豹變)


図鑑というと「なぜ植物図鑑か」と書いた中平卓馬を想起します。
wikiを引用します。

雑誌『美術手帖』1972年8−9月合併号に掲載された吉川知生の投書に中平卓馬が応えるもので、評論というよりは彼のそれまでの写真作品からの訣別、そして新たな作品への意思表示であるといえる。
ある雑誌に発表された「記録という幻影 ドキュメントからモニュメントへ」に対して吉川は、中平の写真からポエジーが喪われてゆくこと、そして一方で批評家としての饒舌さを増していくことを批判した。
これに対して中平は「あるがまま世界に向き合うこと」こそこの時代の表現であるとし、その目標として「図鑑」を挙げた。また、動物には「なまぐささ」が、鉱物には「彼岸の堅牢さ」があるとして、その中間にある「植物」の図鑑を考えた。(ウィキペディア(Wikipedia)より)

このころ中平が写真から逃避するように離れて口舌の徒になっていく、と感じたことを思い出しました。
残念ながらその印象は今も変わりません。

かれかれ

まだ名張、なおなお。
こちらは昭和の景色。
「ケンビシ」は下戸のpithecantroupusでも知っているお酒です。赤い壁は理容店でしょうか。カラスのシャッターはパチンコ屋さんかな。

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olympus pen-f 42.5mm
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olympus e-m5mk3 17mm
03LR-DP0Q2411-Edit-4.jpg
sigma dp0q

名張は能楽とも縁のある地です。三重県の文化を紹介する県のHPには、「どちらの解釈が正しいか断定はできませんが、」と断ったうえで次のように記述されています。

(前略)
世阿弥の次男元能(もとよし)が聞書きをまとめた『申楽談儀(さるがくだんぎ)』という書物には、「一、面のこと………伊賀小波多にて、座を建てそめられし時、伊賀にて尋ね出だしたてまつし面也」という記述があります。これについては、「伊賀小波多にて尋ね出した面」と解釈する学者もいますが、文字どおり読めば、現在の名張市小波田は、初めて座を建てた地、すなわち、一座を組んだ地だということになります。
(後略)

季節が一致しませんが、
 世阿彌忌の世阿彌 ゼミナールは敎授鼻風邪に涸(か)れ涸(か)れのバリトン   (塚本邦雄:詩魂玲瓏)