獣を飼はむ硝子の檻

宿場町の散歩、雪だけど続けます。

ガラス窓の向こうに見える耳は何者か気になったり、こっそり盗んでかぶりつきたいトマトを写真に撮ってガマンしたり、塀の隙間から中を覗いたりしました。(十分あやしい行動でした。)
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E-M5mk2 M.ZUIKO 17mm 1.2

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E-M5mk2 M.ZUIKO 17mm 1.2

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PEN-F NOCTICRON 42.5mm 1.2

 若き獣を飼はむ硝子の檻の扉(と)のたて縞ぞわがたましひの縞  (塚本邦雄)

きのうの一休さんの話を、亀山市観光協会HPから引用しておきます。

 修繕をした地蔵の開眼供養をしてほしいと考えていた村人たちが、関宿を通りかかった一休和尚に頼んだところ快く引き受けてくれました。しかし、一休和尚は「釈迦はすぎ 弥勒はいまだ いでぬ間の かかるうき世に 目あかしめ地蔵」と詠み、立小便をして立ち去ってしまいました。これに怒った村人たちは別の僧に開眼供養をやり直してもらいましたが、その晩、高熱を出したある村人の夢枕に地蔵が立ち、供養を元のようにせよと命じました。あわてて桑名の宿にいた一休和尚に助けを求めると、地蔵の首にかけるようにと古びた下帯を手渡され、言われたとおりにしたところ、高熱は下がったといいます。(『東海道名所図会』より)

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