のこすはつひの

塚本邦雄
詩歌一巻ほかにのこすはつひの日の獻體の眼のその冬霞   (風雅)
冬原に湧井掘るとて標(しめ)結へりあらがねの土ここにあたらし   ( 〃 )
(塚本邦雄の短歌は写真と無関係です。塚本邦雄を尊敬していますが、引用した歌はブログの護符かお守りのつもりです。)

越前町梨子平村は、スイセンの段々畑のなかにある集落です。
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きょうはよく乾きましたか。 SUMMILUX 15mm F1.7

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洗面所の鏡に映るスイセン畑は小さくて。 SUMMILUX 15mm F1.7

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スイセンの斜面に斜光線さすころ。 NOKTON 25mm F0.95

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へやに灯がともる。 SUMMILUX 15mm F1.7

 今日の短歌は「残すは終(つひ)の日の献体」なのでしょうが、老眼のせいで「残す初日の」と読んでしまいました。ええ、老眼のせいで、脳のせいではありません。絶対に、眼鏡が悪いのであって私が悪いのではありません。(笑)

 今日は新聞休刊日なので昨日の新聞をつい入念にみてしまいます。
 本の広告が載ってました。「声なき蟬」という時代小説です。その書名が気になって、書いてある中身にまで目がいきませんでした。
 なぜ声のないセミなどという題なのだろう。「啞蟬」という成語があるのに。
「おし」という言い方が一部で差別語として忌避されているから避けたのでなければいいのですが。
 なぜ「声なき」と「蟬」の書体が違うのだろう。明朝体と楷書体が混合してます。
蝉をさけて蟬を使うにしても、「声」と「蟬」の漢字フォントが異なっているのは美しくないと感じました。

 小人閑居するとロクなことに目がいきません。