塚本邦雄
天に鳴るは皂莢(さいかち)のさやあたらしき晩年に秋風の扉あり   (波瀾)
(塚本邦雄の短歌は写真と無関係です。塚本邦雄を尊敬していますが、引用した歌はブログの護符かお守りのつもりです。)

半田矢勝川なお。
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M.ZUIKO 75mm F1.8
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M.ZUIKO 75mm F1.8
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M.ZUIKO 17mm F1.8
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TOKINA Reflex 300mm F6.3
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M.ZUIKO 17mm F1.8

 昨日の塚本邦雄の歌の「天災的天才」は彼らしい言葉遊びでしょうが、天才も天災も、出あえば、(自分の才能を思い知って)落ち込んだり、(未来への希望を失って)心が萎えたりするところは同じと言えるかもしれません。
 「天才」という言葉にわたしが思いついたのは、塚本靑史「わが父 塚本邦雄」の次の一節です。

(寺山修司が) 野球を全く知らない邦雄に、どういうゲームか解説したという。
「投手と捕手という恋人同士がいてきあ。彼らはボールを投げることによって初めて意思を伝え合えるんだ。それを、バッターっていう横恋慕男が邪魔をしてボールを打つんだ。でも二人には、内野と外野と呼はれる七人の味方がいて、ボールを取って返してくれる。野球ってそんなゲームなんだよ」
寺山修司からこのように説明されて、邦雄は解ったというから恐ろしい。

ふたりとも天才だなあ。かなわないなあ。と、つくづく感じました。



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