Age of Pen

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いつかまた

塚本邦雄
ただの恋、愛に似ることあまたたびそよ累卵のうち点燈(とも)る秋  (豹変)
思ひいづるおほかたは死者篠原に野分(のわき)いたりてしまらく遊ぶ  (歌人)
野分合歓(がふくわ)の林を過ぎつ 卓上の伝言筆太に「いつかまた」  ( 〃 )

近江八幡。
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カメラ毎日つながりで、昭和44年の別冊より。
一眼レフ時代に入りつつあったころでさえすでに古くさいところがありましたが、技術的に広範で、アメリカ製のカメラのように初心も高度も押さえた内容でした。
基本の「き」、写真の本質を教えてもらいました。

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ファイニンガーの「完全なる写真」 坂本登訳(昭和44年3月15日発行)

なぜ写真を撮りたいか
 それは、自分の仕事の記録として撮る必要があるからなのか・・・他人に知らせ、教育したいからなのか・・・自分だけの楽しみで撮りたいのか・・・自分の感情やアイデアを表現する欲求にかられたからなのか、写真を趣味としてやっていきたいのか、職業としてやっていきたいのか、別の仕事の補助手段としてやりたいのか、自己表現の一手段としてやりたいのか。
 こうした質問に正直に答えてみることは、写真家としての将来にとって大切な基礎となるのである。

趣味としての写真
 もし写真が趣味であるなら、あなたはアマチュアである。それが好きだから何かをするという人、言いかえれば、自分の楽しみのために何かをする人 - これがアマチュアの定義である。もしアマチュアとして成功したいと思ったら、自分の仕事にプライドを持ち、その仕事をすることに自尊心と満足惑を覚えなければならない。このような望ましい状態に達する唯一の方法は、独創的な仕事をすることである。
 アマチュアであるあなたは、アマチュアなるがゆえになんでも好きなことができるという、他の写真家には見られない利点を持っている。頭をおさえる者は一人もいない。こうしろ、ああせいと命じる者もいない。写真家としてこれほどの幸福はないはずである。
 ところが不幸にして、これとはおよそほど遠いのが現実である。というのは、こうしたユニークな立場を理解し、それを利用しようとするアマチュアがきわめて少ないことである。大抵のアマチュアは目的も目標も持たず、優柔不断にできている。だから方向が定まらない。その欠陥を補うために、何か良い手引きとなるものはないかと必死に捜し求める。そして、とどのつまりは、ほかの人にもうまくいったのだから自分にもうまくいくだろう、いやもっとうまくいくかもしれないといった考えから、他人の作品の模倣に陥っていく。こんな姿勢で写真を撮り、作品を競い合う習慣が身についてしまうと、お互いに相手をほめ合う写真クラブの一員になったということで満足し、ひとかどの価値ある写真家になれるチャンスをついにあきらめてしまう。
(中略)
 あなたは、あなた。自分というものを見失わないこと、自分自身であることに誇りを持つことである。


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