過失のごと

くるった頭のせいで失敗した道草の企ての果てを。

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塚本邦雄も”失”で、
 壮年過失のごとく始まり錆色に卵黄ゆがみゐる茹卵
 失樂に狎(な)れつつ夏をほそる食(け)に家族は綿雲のにほひする
 失職近し ポスター紺の地に黄金(きん)の麒麟立ちアフリカへの旅の誘(いざな)ひ

お口直しに”トオヌップ”、と口先だけです。(汗)
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秋が来る老人のやうに

八月も尽きようとしているところへ来て、夏の海の写真を撮ってなかったと「道草写真」に行ったのですが、
カメラの設定を間違えて撮ってしまいました。
ああ、歳はとりたくないなぁ、こんなことは時々あるけど、自分自身の老化を疑ってしまうのが悲しいのです。

 海も葡萄も真青(まさを)に濡れて秋が来る老人のやうに坐つてゐるな  (塚本邦雄)

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この若さは私にはない  DP0Q

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ここが開いているときに来たことがない  DP2Q

おそれむ夏ふけ

セミの声が絶えて、夜になると虫の声が聞こえるようになりました。

 人たることをおそれむ夏ふけて声にごりそむ昼の邯鄲  (塚本邦雄)

四日市市西日野はかつては製糸、醸造、製茶などの産業が盛んな地域だったそうです。
そのおもかげがうかがえるようなものも見ました。
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たぶんコダックのボックス型カメラと日本のゲルツというベスト判カメラ  E-M5mk2 42.5mm

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資料館の記念写真、お世話になりました  DP0Q


ちょっとむかしの生活をのぞく「トオヌップ」もつづけます。
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せみしぐれはたと絶え

起きて、先日まではセミの声がやかましくもう朝から暑いという日々でしたが、きょうはジィッとも鳴きません。

 蟬時雨はたと絶えたり内閣も十日連續午睡中とか  (塚本邦雄)
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四郷郷土資料館へいく途中、「あすなろ鉄道西日野駅」で  DP2Q

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こちらは郷土資料館の階段  DP0Q

遠野物語というトラウマのおかげでちょっとむかしの生活をのぞかせてもらえました。
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いつくし

郷土資料館はなぜ、どこも同じように、古い農機具や地場産業関係、家庭生活の一コマの展示が多いのでしょうか。
記録的な物が多くて、高価な工芸品などはたぶん旧家に残されているのだろうと想像をたくましくしました。
回想法にはわずかに古すぎる気がすると、この空間にいるわたしは若輩者になっていました。

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E-M5mk2 42.5mm

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E-M5mk2 42.5mm

 大正、藍の香していつくし若者が肩までたくしあげたる袖  (塚本邦雄)

不思議なる夏の

四郷郷土資料館の「階段」です。
3階造りの塔の階段と2階議事堂へ通じる階段で、前者は太った私がやっと通れる狭さ、後者はちょっとおしゃれな意匠が踏込み板に施されていました。

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トオヌップは、きのうの神をも恐れぬ行為に神罰があたらないように神だのみすることに。

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 靑梅童子耳さにづらひなかぞらに摩訶不思議なる夏のふるさと  (塚本邦雄)

いきしちにひみりゐ

「四郷郷土資料館」(四日市市西日野町)館長にむかしお世話になった方が就任していると聞いて行ってきました。
大正10年築の旧四郷(よごう)村役場だそうです。

資料館の皆さんにいろいろと教えていただきながら見学していたのでカメラを構える余裕がありませんでした。(言い訳です)
撮り直しが必要です。

 ふるさとは杉鐵砲の彈丸(たま)かをりわれも死者いきしちにひみりゐ  (塚本邦雄)

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トオヌップは「公序良俗」に反するとスミ塗りすべきだったかもしれません。
豊穣への原初的な祈りと「前向き」に評価願います。
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「いきしちにひみりゐ」が分かりません。
アイウエオのイ列を読んでいるのでしょうか。(汗)

くちざるこころ一瞬

どこにでもある風景ですが、わたしには何かが見えるのです。(笑)

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E-M5 17mm

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E-M5 17mm

再開「トオヌップ」はスライドショーでも使った写真ですがお気に入りの風景なので。(汗)

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昨夜は強風でした。小学生時代に経験した伊勢湾台風以来の「風」PTSDのわたしには、心騒ぐ一夜でした。いい歳をして、です。

塚本邦雄
 四十にして朽ちざるこころ一瞬を滂沱たり風中の蜻蛉(せいれい)
 思ひいづるおほかたは死者篠原に野分(のわき)いたりてしまらく遊ぶ

ほとほとしたたる

お祭りの始まる前に。

 夏より秋へ風炎ゆるなり萬象の餘命ほとほとしたたるあした  (塚本邦雄)

凡人にしたたるのは汗ばかりです。汗かきのわたしはちっとも進歩しないのに、まわりの世界は足早に変化していきます。
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E-M5mk2 42.5mm

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撮ったのは月です  E-M5 17mm

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進入禁止だよ  E-M5mk2 42.5mm

こだわるという病が膏肓に

きょうもくせ球で。そろそろやめないと変になってしまうかもと自分で自分に心配しつつ。(レンズがくせ玉ということではありません。)

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E-M5 17mm

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E-M5mk2 42.5mm

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E-M5mk2 42.5mm

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E-M5mk2 42.5mm

歌人塚本邦雄に、碧川瞬というペンネームで書かれた一群の歌が見つかり、塚本研究の第一人者島内景二が「碧川瞬 青春詩集」としてまとめたそうです。
島内は、このペンネームが塚本本人だと筆跡などから推測し、名前の由来として『碧なす御空の川の銀の岸に瞬く星を想ひぬ』をあげています。

ここの「銀」は「しろがね」と読むのだろうと彼は言ってますが、「碧」のことは言っていません。ミドリと読めば五七五七七にぴったりですが、「御空」の直前にある字なので、「アオ」と読めないでしょうか。
つまり、碧川は「アオカワ」ではないかと思うのです。

鈴鹿山脈を水源にして伊勢湾へそそぐ「青川(アオカワ)」というのがあって、川に沿った道はむかしから昭和初期まで近江商人が行き来する街道でした。近江五箇荘出身の塚本邦雄はこのアオカワを知っていただろうと思えるのです。いえ、三重県在住者としてはそうであったらいいなぁと思うのです。

今夜も何とってるの

きのうの記事をつらつら考えるに、あれは「脱」・上手な風景写真論で、わたしの言い訳になっていないと気がつきました。
つまり、まず「上手な風景写真」を撮れるようになってから、そこから脱出するという構図です。
まだ、「上手」に撮れていないのに、「脱」もないだろうと気がついたわけです。(笑)

言い訳できなくなって困った困ったと口では言いながら、反省もせずに今日も「何とってるの」写真です。

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自転車がきたらパシャしてしまう  E-M5 17mm

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灯りのすぐ側がもっとも暗い  E-M5mk2 42.5mm

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今夜は開け放してます  DP0Q

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ブッカンジョウに月  E-M5 17mm

わたしが初めてもったカメラは距離は目測。露出は勘でした。適正露出でピントが合っていたら、それで十分「上手な写真」でした。カメラを使いこなせるという事がある意味特殊技能だったなごりが残っていました。
そこからスタートした者には、最近の「上手な風景写真」がつまらないという話は説得力がありました。

しかし、
プロが使うような一眼レフ、カメラマンジャケットで「上手な風景写真」を撮って、米美知子などのレッスンプロの名前は知っていてもアッジェやキャパなどのツアープロは知らず、レッスンプロの撮った写真は見たことがあっても一流の写真家の作品は見たことがないような人の耳に、「脱・上手な風景写真」という話はまったく届かないでしょう。

灯りのいべんと

一昨日地元でこじんまり行われた「灯りのいべんと」に行きました。
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E-M5 17mm

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E-M5 17mm

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E-M5mk2 42.5mm

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E-M5 17mm

 まいどまいど何撮ってるのという写真なので(汗)、言い訳がわりに、アサヒカメラ8月号の「脱・三脚、ファインダーで『上手な風景写真』から脱却せよ」という、写真家福田健太郎(※私はこの人を知らなかった)へのインタビュー記事から引用します。

「日本の自然」写真コンテスト(自然をテーマとした写真コンテストとしてわが国最大級だそうです。)で上位に入る風景写真が少ない、風景写真が弱いな、と感じているんです。こういうふうに撮れば、いいねっ、上手ねって、みんなに言われるような写真でしかない。いわゆる『上手な風景写真』からはみ出た作品がない。」
「竹内敏信のアシスタントを卒業するころ、富士フイルムプロ部の人に自分がイチオシと思う写真を見せたら、『この写真には、あなたが写っていない』と言われた。」
「『上手な風景写真』は否足しません。「もう、撮りませんけれど、私も『上手な風景写真』を撮っていました。美しい風景をそのまま撮りたいという気持ちで写真を始めた。そして、カメラ雑誌を手にして撮影データを調べ、同じ時期、同じ場所にたどり着き、同じアングル、画角で同じょうな写真を撮ってみる。写真でも絵画でも小説でも、最初は好きな作家のまねから始まります。私もそのひとりだったから、その気持ちはよくわかります。
でも、どうやって、さらに上を目指すか。そこからどう脱却するか。どう風景を見るのか。それは、もがかないと見えてこない。」
そのひとつが、「脱・三脚、脱・ファインダー」だった。
「20年前のポジフィルム時代の風景撮影のテクニック、いわゆる『お作法』が、そのままデジタル時代になっても受け継がれていると感じていた」。
レンズは単焦点を多用するようになった。ズームレンズは、単焦点レンズよりも厳密にフレーミングできる利点があるが、そこに落とし穴があると、福田さんは言う。
「体裁を整えることで、空気感とか、そういったものが画面から失われてしまう」
「目の前の美しい風景のリアリティーを写すのではなく、そこから五感を通して伝わってくる「何か」を撮影したい。」
最近、福田さんの作品を見た人から、「どこがいいのか、わからない」と言われたことがあるという。しかし、「わからないと思う人はそれでいい。無理してわかる必要もない」と言う。
「誰にでもわかるような写真ばかりを撮っていないし、自分がこれだと思ったものをどんどん撮っている。写真って、すごく自由なもの。」
「人々を魅了する自然の姿をありのままとらえる、という風景写真を否定する気持ちもありません。ほんとうにそれを撮りたいのであれば、それを追いかけるべきだと思いますね。」

いい言い訳です(笑)。

言葉で誤魔化す

昨夜は地元の小さな夏祭りでした。
前にいったのは3年前でしたが、昨夜の写真は間に合わないので今夜は毎度のトオヌップ3枚と昨日の昼間の写真1枚とで。

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15日に「敗戦記念日」に言及したので、塚本靑史「わが父塚本邦雄」を長々と引用します。

「『耐へ難きを耐へ、忍び難きを忍び』て言うんは、絶対に国民を慰労した言葉ではないんやで」
 一九四五年(昭和二十年)八月十五日(水)正午に始まった玉音放送についても一家言ある。
 歴史の一駒として有名になったフレーズへの誤解を、邦雄はよく論(あげつら)った。
「あれはアメリカ占領後の、予想される苦難の時代に突入する天皇自身の、屈辱に塗(まみ)れる覚悟を言うてるだけや」
 戦後七十年にもなろうとする今でも、八月になればテレビのどこかで戦争の特集が組まれ、無条件降伏の件(くだり)には定番のようにこの台詞(せりふ)が繰り返される。
 そして、ほぼ皆が皆、空襲や食料難に苦しみ抜いて、なおかつ生き残った国民への感謝や犒(ねぎら)いと受け取っている。
「天皇を奉じた軍部に、あれだけ非道い目に遭(あ)わされといて、そのうえ勝手に誤解してるんや。日本人て世話ないな」
 広島や長崎に原爆が投下され、ようやく日本は無条件降伏した。要するに太平洋戦争に負けたのである。相手側から『撃ちてし止まむ』(※「撃ちてし止まむ」は「銃の撃ち手がいつまでも弾を撃ち続ける」ではなく、「攻撃をしつづけて完全に攻め滅ぼすぞ」の意味だと、直前の文にある)を実行されて、どう言い訳しょうが、完全な敗北を喫したのだ。
 それでも政府関係者は、それを素直に認めようとはしない。良く言えば、日本人の劣等感を助長しないように努めたのだろう。
 そこを塚本邦雄は、決して「終戦」とは言わず、意識して「敗戦」なる語を用いた。「終戦記念日」ではなく、絶対に「敗戦記念日」でなければならぬのである。つまり、政府(大本営)やマスコミが当たり障(さわ)りのない言葉で、本質を誤魔化しているとの怒りがそう言わせるのだ。
 本質とは、日本人に負ける(徒労に終わる)戦争という災禍をもたらしたうえに、若者たちからかけがえのない青春を、いや、命すら無駄に奪ったということである。
 何の意味もないことで、日本史上に汚点を作ったのであった。
 確かにそれまでの大本営は、大空襲があって大勢の国民が死んだり、重傷を負って苦しんでいるにもかかわらず、「我が方の揖害、軽微」などと、常に国民へ嘘を吐(つ)いて欺(あざむ)いてきた。
 戦争の推進者は、全国が焦土と化しても、この戦争の無謀さに気づかないほど無能だった。いや、ようやく気づいた振りをしても、今度は「終戦」という語で誤魔化すつもりだと、塚本邦雄には映っていた。それよりも、喉元過ぎれば何とやらで、気がつくと再び同じような時代にならぬかと、警戒していたのかもしれない。

描きし画布鉛白にぬりつぶす

きのうの撮ったのは画家浅野弥衛(故人)のアトリエ兼自宅です。
今年6月開かれた何度目かの個展のポスターが光をアブストラクトに映していました。

きょうもアトリエで撮ったカットです。
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画家の評伝(永見隆幸著)の解説で、文芸評論家清水信が「アトリエにて」と題して、小林秀雄「近代絵画」を引用したあと以下のように書いていました。

(画家は)晩年になって、長く続いた商家の店先を改造して、アトリエを持つに至り、そこで私(清水)は床屋のケンちゃんや美子(弥衛次女)と共に、コーヒーを飲んだり未完成の作品を眺めたりしていたが、豪華なピカツのアトリエですら、ドストエフスキーの『地下室の手記』の舞台である地下室の様相を呈していたという小林(秀雄)の指摘に従えば、暖冷房の完備せぬ、採光も思わしくない浅野の改造アトリエなんぞは、文字通り地下室というべきであった。
その貧しい現実をはね返すイメージの豊鏡こそが、浅野の真実の生活だったのである。ドストエフスキーの大作群を生んだ実験室の暗さを我々は忘れてはいけない。浅野弥衛という月光的芸術を考える時、その暗さに耐えた時間と勇気の孤独が先ず評価されよう。
(後略)

 馬描きし畫布鉛白にぬりつぶし母、すなはち静物(ナチユール・モルト)を描けり  (塚本邦雄)

毎日いちまいトオヌップ。習慣は創造の芽をつむと思っているのですが、年寄りは心が弱いのです。
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杞憂と臆病と怠惰

暑いからとか、雨が降りそうだからとか、カミナリが落ちるかもしれないからとか、竜巻注意報が出たからとか、
いろいろ理屈をいってカメラから遠ざかってたので、ボーッと生きてんじゃねえよ! と言われてご近所に出かけました。

本当は友人が誘ってくれて地元の町家におじゃましました。
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E-M5 60mm

最近、文字通りボーッとしている時間が増えてきたような気がします。
頭も固くなって、頑固になってきたみたいです。
時間の進み方がゆったりとしているような”トオヌップ”へもういちど行きたいなぁ。
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