よろこびに隣り

塚本邦雄
われの悅樂(よろこび)に隣りて全身の釘ひえびえと建ちゆく禮拜堂(チヤペル)   (綠色研究)
イタリアに生るるならばアンジェロと吿(の)らむすなはち靑き菊の香   (靑き菊の主題)

犬山市リトルワールド、復元したドイツバイエルン州の村の丘のゲオルグ礼拝堂。
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SUMMILUX 15mm F1.7
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ZUIKO ED 8mm F3.5 Fisheye
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SUMMILUX 15mm F1.7
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SUMMILUX 15mm F1.7
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LUMIX G 20mm f1.7

見失う環

塚本邦雄
夕映の圓塔(ドーム)からあとをつけて來た少女を見うしなふ環狀路   (水葬物語)
燠色(おきいろ)の夜の鶏頭にからだ觸れ立てりわれまた死の國の火夫   (水銀傳説)
熟柹色の夕空の下いま千の家庭がよごれたる米あらふ   (日本人靈歌)

ニュー・ギアが届いたので試し撮りに散歩しました。
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KOWA PROMINAR 8.5mm F2.8
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KOWA PROMINAR 8.5mm F2.8
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KOWA PROMINAR 8.5mm F2.8

ニュー・ギアはコーワの広角レンズです。
コーワというと、むかしは「カロ」という名前のカメラを出していて、カロワイド、カロ140、カロフレックスなんていう名前を聞いたことがあります。(実物は見た事がありません)
写真を撮り始めてからは、コーワSWとか、コーワSIXの円形魚眼レンズにあこがれていました。
下は1957年の雑誌付録のコピーです。ワイドカメラブームをつくったオリンパスより明るいレンズ(オリは3.5)、高級なレンズシャッター(オリはコパルの300分の1どまり)をつけ、当時25,000円の定価(オリは16,900円)でした。
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『フォトアート』12月号付録

偶像

塚本邦雄
人に飽きて入り來し畫展レダの繪にくらくらと赤き西日てりつつ   (装飾樂句)
われら短き命もてうちくだくべき偶像は黄なる霞に睡り   (透明文法)
闇取引するときのみぞきらめける瞳なり旣に神に杳けれ   (歌誌『木槿』1947 1月号)

犬山市リトルワールド、バリ島のお屋敷家。
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LUMIX G 20mm f1.7
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LUMIX G 20mm f1.7
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TOKINA Reflex 300mm F6.3
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TOKINA Reflex 300mm F6.3

行つて引つかへす

塚本邦雄
シヤンデリアの下まで行つて引つかへす貴族のなれの果て靑蜥蜴   (透明文法)
壁ごしに聞える彌撒(ミサ)に不覺にもこゑあはせたる老娼婦たち   (装飾樂句)
むらさきのムラノ明けつつ一ぴきの玻璃の馬吊る天のたていと   (閑雅空間)

犬山市リトルワールド、ペルーのアシエンダ(農園)のスペイン人領主の家で。
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ZUIKO ED 8mm F3.5 Fisheye
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ZUIKO ED 8mm F3.5 Fisheye
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ZUIKO ED 8mm F3.5 Fisheye
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ZUIKO ED 8mm F3.5 Fisheye
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ZUIKO ED 8mm F3.5 Fisheye

そらおそろしき退屈の

塚本邦雄
白萩に灰色の月「左大臣實朝」とこそ書き損じたれ   (黄金律)
家族に核ありしや否や秋風に洗ひあぐればさびしき障子   ( 〃 )
莊子(さうじ)讀むそらおそろしき退屈のそのときかがよへりわが余生   ( 〃 )

犬山市リトルワールド、韓国の家。
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NOCTICRON 42.5mm F1.2
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NOCTICRON 42.5mm F1.2
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LUMIX G 20mm f1.7
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LUMIX G 20mm f1.7
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LUMIX G 20mm f1.7
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NOCTICRON 42.5mm F1.2

前にも引用した「デジャ・ヴェ」創刊号の森山大道の話の続きからもう少し。

飯沢: 『仲治への旅』(蒼弯舎、1987)という写真集も出されていますね。安井仲治という人物が森山さんをそれほどまでに魅了しているのですか、それとも仲治の写真ですか。
森山: もちろん写真ですよ。でも写真ということは結局人物でもあるから。
飯沢: クラインとかとは違ったレベルですか。
森山: クラインとか東松照明は、まさに僕が写真を始めようとした時に出会って、ショートしただけのことですからね。

空白の出日本 ~ 「ジャック・オー・ランタン」のリトルワールド

塚本邦雄
動脈を白葡萄酒がさかのぼりゆく夕光(ゆふかげ)の二年目の逢ひ   (歌人)
アフリカにて見れば母國の地圖ゆがみどのみづうみの底に寺院(てら)ある   (綠色研究)
穀物祭の町あたたかく若者の耳のうしろにのこれる石鹼(しやぼん)   (装飾樂句)
檻に頬すりつけて火喰鳥見つつつひに空白の出日本記(しゆつにつぽんき)   (日本人靈歌)

ハロウィーンの季節というので、「ジャック・オー・ランタン」の作り物で遊んできました。場所は、愛知県犬山市のリトルワールドです。
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SUMMILUX 15mm F1.7
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SUMMILUX 15mm F1.7
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SUMMILUX 15mm F1.7
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SUMMILUX 15mm F1.7
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SUMMILUX 15mm F1.7

塚本邦雄の短歌に出てくる火喰鳥に、「火の鳥」、フェニックス=皇帝、天皇のイメージを感じます。
歌集『装飾樂句(カデンツア)』の『生きのびて癡(おろ)かに暑し火喰鳥蒼然として羽抜けかはる』が、私には昭和天皇の人間宣言を想像させるのです。
羽根が抜け変わっても火喰鳥は火喰鳥。しかし、「おろか」で「あつい」のは火喰鳥ではなく、それを見ている私です。火喰鳥が「暑い」などと言うはずがないからです。
「蒼然」は古色蒼然の蒼然ですから、「蒼然として羽抜けかはる」のは、過去にもあったという意味かな、と。今日の、『檻に頬すりつけて・・・』も、有名な皇帝ペンギンの歌のバリエーションだろうと思いました。

考へる豚

塚本邦雄
考へる豚なりき根の無い蘭科植物なりき火の街に棲み   (透明文法)
亭主關白豚兒攝政秋ふけて一刷毛の血の雁來紅(かまつか)刈らる   (魔王)
偕(とも)に眞晝の星を數へて戰亂の二十一世紀を愉しまむ   (詩魂玲瓏)

宝山寺。
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SUMMILUX 15mm F1.7
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M.ZUIKO 75mm F1.8
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NOCTICRON 42.5mm F1.2
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NOCTICRON 42.5mm F1.2
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M.ZUIKO DIGITAL ED 9-18mm
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SUMMILUX 15mm F1.7
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SUMMILUX 15mm F1.7
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NOCTICRON 42.5mm F1.2

身の底に

塚本邦雄
曼珠沙華のきりきりと咲く野に立てば身の底に湧く飢ゑもくれなゐ   (透明文法)
父の聲そらみみに聞く茗荷宿いかなる神と枕ならべむ   (海の孔雀)

ふたたび宝山寺。
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SUMMILUX 15mm F1.7
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NOCTICRON 42.5mm F1.2
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SUMMILUX 15mm F1.7
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NOCTICRON 42.5mm F1.2

ずたずたの

塚本邦雄
野分は北北東へましぐら屋(や)の上の男鮭色の腿に掻き傷   (歌人)
風のちまた百のテレヴイにマラソンの獅子奮迅のずたずたの獅子   (綠色研究)

きょうは気分転換。
先日ベルトが切れてしまった40年愛用の(有)マスミ商会のバッグと「さる」を引っぱり出して記念写真をとりました。
ついでに、「さる」で思い出して、東山動物園が最近出したゴリラの写真集も注文。
そろそろ年賀状の季節です。
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マスミ商会のバッグはたぶん木でつくった芯に、表は総牛革、内側はラシャが貼ってあります。どこにも、ほころびが無いので、芯材が何か確かめたことはありません。
中は二段になっていて、下層にレンズ3本、上層にカメラ2台を入れていましたが、肩ベルトが切れてコンクリート床にバッグを落としても中身は無事でした。
買った当時も、マミヤのC330を2台とレンズ2、3本を入れていましたから、4キロ以上の重さをいつも支えてくれていました。もっと大事に使えばよかった。

うすれつつ、透かしつつ、えにしもあらず

塚本邦雄
蜉蝣(かげらふ)と燈と秋霧とうすれつつひとりなる夜夜をわが炎(も)ゆる莫(な)し   (透明文法)
鶏卵を燈(ひ)に透かしつつじりじりと生溫き生(せい)をたのしみゐるか   (装飾樂句)
夢殿に人觸れあひてはるかなるえにしもあらず晝の白萩   (睡唱群島)

生駒聖天宝山寺。
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SUMMILUX 15mm F1.7
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SUMMILUX 15mm F1.7
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NOCTICRON 42.5mm F1.2

われもまた衆愚の一人

塚本邦雄
こころなきわが繪の水にナザレ人(びと)イエス溺るる聖神無月   (されど遊星)
われもまた衆愚の一人おろおろと後退りしつつ見し曼珠沙華   (透明文法)
苦蓬酒(アブサン)に焦げしまぼろし秋の地に柩かさなり上なるランボオ   (水銀傳説)

なお宝山寺「獅子閣」。
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M.ZUIKO DIGITAL ED 9-18mm
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NOCTICRON 42.5mm F1.2
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NOCTICRON 42.5mm F1.2
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M.ZUIKO DIGITAL ED 9-18mm

日本画家の石本正さんの訃報が新聞にのっていました。わたしは、舞妓のヘアにどきどきした高校生でした。

死後はいさ

塚本邦雄
神無月深夜おもへばわが街に藍靑(らんじやう)の絹なびけるごとし   (黄金律)
死後はいさ生前くらき日常に秋いたりけり露に火の色   ( 〃 )
わが額(ぬか)にとどきてさむし菩提寺の障子繪(さうじゑ)のしろがねの月光   ( 〃 )

奈良、宝山寺「獅子閣」で。
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M.ZUIKO DIGITAL ED 9-18mm
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SUMMILUX 15mm F1.7
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SUMMILUX 15mm F1.7
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SUMMILUX 15mm F1.7

雑誌「デジャ・ヴェ」 第1号(1990年7月)の森山大道と飯沢耕太郎の対談から引用します。
Dialogue 『プロヴォーク』から遠く離れて
・・・・
森山 : ・・・・『プロヴォーク』の頃だって、多木さんや中平は写真で何ができるかと考えていたと思うし、また、そういう時代だった。でも僕は、そんな意識は実際はあまりなかったし、はつきり言って、あんまり興味ないんです。自分自身に何ができるか、それ意外のことは。
飯沢  : 見事なほど断ち切ってますよね。興味のあるのは自分を通して見た世界ですか。
森山 : それしかないですよね。自分が見える世界。見たい世界。
飯沢 : 世界と自分とは不可分ですか。
森山 : そんなこと、分けられると思う?
・・・・

「やっぱり」「そうだよね」と共感を持って読めます。
森山大道が中平卓馬と対談したときはこんな事いってなかったし、むしろ真逆のことをいう中平に相槌をうっていたように感じていました。
対談というのは不思議です。3人以上だと、変な話も正論のようになってしてしまうし、2人だと、ポテンシャルの高い方の色になってしまう。司会者についても、自分色をつけて自論にまとめてしまう「評論家」もいれば、良心的に対談して相手から話を引き出す飯沢のような人もいる。
だから、対談で言っていることをそのまま信じるよりも、撮った写真を信じた方が本当なのではないかと感じたりします。

朱き絵の硝子窓 ~生駒聖天で獅子閣

塚本邦雄
月光のとどかぬ街をゆきかへるがらす賣りらのかがやける額   (歌誌『靑樫』四号 L氏のための二十行詩)
しのびよる御手と夕やみ、朱き繪の硝子窓いま色あせゆきぬ   ( 〃 )
食卓にたちこめる霧、ちちははにかくれてきみと胡桃を割るも   ( 〃 )

きのうの奈良の目的は生駒山でした。
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SUMMILUX 15mm F1.7
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NOCTICRON 42.5mm F1.2
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TOKINA Reflex 300mm F6.3

寶山寺獅子閣へ行きました。
明治17年落慶の木造の「客殿」で、生駒聖天を建て替えた際に出た資材が使われているそうです。
洋式の石造を木で再現していて、木製アーチなら不要のキーストーン(楔石、要石)まで木でつくられていました。
ステンドグラスをはじめ窓ガラスもほとんど建築当時のものだそうです。
柱の飾りをアーカンサスから菊に変えて、日本らしさも演出しています。

こころにもあらざるを

塚本邦雄
奈良も旱なれどつゆけき心もて過ぐる京終(きやうばて)、帶解(おびとけ)の町   (驟雨修辭学)
スープの皿に針沈みつつゆめわれら知らぬアンダルシアに月照る   (水銀傳説)
歌はこころにもあらざるをうつくしきかなあつものの中の銀杏(ぎんなん)   (不變律)

今日は奈良。
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SUMMILUX 15mm F1.7
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TOKINA Reflex 300mm F6.3
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TOKINA Reflex 300mm F6.3
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TOKINA Reflex 300mm F6.3

うすき日殘る

塚本邦雄
月は東うすき日殘る神無月(かみなづき)鬼住む野には雉(きじ)の聲する (新歌枕東西百景 宮崎県東臼杵郡南郷村鬼神野)
菊合(きくあはせ)月明(あか)ければ丹精の黄花白花(きばなしろばな)色もなしとよ ( 〃  山口県豊浦郡菊川町貴飯)
砂金降る夢よりさめて消息(せうそく)すとはに生きたまへははそはの母 ( 〃  茨城県久慈郡金砂郷村千寿)

なお京都。廬山寺(ろざんじ)。
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TOKINA Reflex 300mm F6.3
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TOKINA Reflex 300mm F6.3
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TOKINA Reflex 300mm F6.3
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NOCTICRON 42.5mm F1.2

中平卓馬について、もう少し。
引用は、長谷川明がアサヒカメラ増刊「都市を視る」(S58(1983)年7月5日発行)に書いた森山大道論の一部です。
「・・・・(中平卓馬と森山大道の)対談の中で、中平がしきりに早死にの予感を語り、森山も死の恐怖が四六時中頭を去らないと告白しているのは、その後の二人の軌跡を考えると興味深い。中平は死にこそしなかったが予想どおり倒れ、森山は一時健康を害しながらも、写真ヘの取りくみをやめなかった。それは性格の違いもあろうが 森山の方がより写真家だったということだろうか。・・・・」

中平卓馬は、写真集『来たるべき言葉のために』や評論集『なぜ、植物図鑑か』があるとはいえ、きのうの塚本邦雄がいうところの「代表作」というべきものがありません。それをやんわりと「森山の方がより写真家だった」といっているのではないでしょうか。
新しいものを創造してこそ芸術家であり、写真家といえるのであり、ウィリアム・クラインや森山大道はまさに写真家ですが、破壊だけして創造しなかった者は写真家とはいえないでしょう。生きていさえすれば、創造の可能性もあったのですが。