一度喰いたいカヤの実あられ

塚本邦雄
「寝物語」は美濃と近江のさかひなる字(あざな) 語らむ寒の片戀  (歌人)
戀に一切ふれざるも亦戀にして飛驒のみやげの榧の實あられ  (黄金律)
夜の蝶の翅ひろげたるけはひあり熱兆しつつさむきわが額(ぬか)  (装飾樂句)

石榑峠へむかう国道421号、別名八風街道の途上で。
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二十一世紀まであゆみつづけむ

塚本邦雄
芒原(すすきはら)足音消してあゆみをり二十一世紀まであゆみつづけむ  (黄金律)
ほろびつつ生きむわれらに綠靑の霜降るごとし那智のかなかな  (されど遊星)
かすみつつ蜩(かなかな)の天(そら) 殺靑(さつせい)のことばはこゑのかぎりを生きよ  (蒼鬱境)

21世紀にはなりましたが、まだ歩きやまず。石榑(いしぐれ)峠。
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『蜩(ひぐらし)というのはこの世に未練を残しながら死んでしまった人の声だという。気にかかりながらもどうすることもできなかった人のもとへ、蜩となって鳴きに来るそうだ。だから同じとき同じ場所で聞いているにもかかわらず、人それぞれに鳴く蜩の数は違うらしい。』
と、森繁久彌の朗読によるラジオドラマ「蜩の宴」(東理夫(ひがしみちお)作、1983年8月放送)の一節です。
youtubeで聴きました。


どこか違いどこかが同じ

塚本邦雄
父あらば九十九 霜夜浅うして謡ふべし嗄(か)れ嗄(か)れの「猩猩」  (歌人)
どこかちがひどこかが同じ愛を欲りやまぬ若者の舌、犬の舌  (日本人靈歌)
くれなゐの疫病(えやみ)みぞれの中の紅葉  (甘露)

石榑(いしぐれ)峠。
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ひそかにすすむ

塚本邦雄
市に肩ふれしはむかしうめもどき逆手に提げてとほきひとづま  (詩歌變)
髪油(はつゆ)つめたく額(ぬか)ににじめり自らの葬(はうむ)りの備へひそかにすすむ  (装飾樂句)
いつまでもルイス・ブニュエルの伴(とも)秋果つる今日黄ダリアの斷首然るべし  (靑き菊の主題)

石榑峠。
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塚本邦雄はべつのところで、落霜紅總領息子食ふや食はず(甘露)と、うめもどきを「落霜紅」と書いています。
落葉して霜が降り寒さが増すにつれて実の紅い色が冴えてくるのだそうです。
ルイス・ブニュエルは、シュルレアリスムの有名な「アンダルシアの犬」というフィルムを撮った人。
映画は見たことがないし、気味悪いので見たいとも思いません。
その映画の、大きな瞳にカミソリがあたる場面の写真は、一度見たら忘れられません。

明日ある霜月

塚本邦雄
初霜の近江故旧の姓はいさよみがへるそのボーイソプラノ  (歌人)
なほ茂吉を越えむ明日あり霜月の萬年青(おもと)の実おぼつかなき紅  (花劇)
すさまじきもの霜月のうまごやし、うまのあしがた、うまのすずくさ  (天變の書)
霜の硝子の雲母(きらら)剥ぎつつ神(しん)曇るやまひのみなもとをわれは問ふ  (星餐図)

石榑(いしぐれ)峠。
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石榑は、むかし伊勢神宮の荘園だったのが、室町時代には京都の公家と在地の武士との間で所領争いになっていたと、古文書にあるそうです。
その地名をとった峠は、三重県と滋賀県の県境で、いまはその下をトンネルが通じています。

進行中の年賀状づくりでお遊び。
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霜月のよすが

塚本邦雄
海彦は水葱少女(なぎをとめ)得て霜月のうらうらととほざかりし白帆  (歌人)
磊落に洟(はな)かむことも霜月のよすが戦艦「安芸」の悪友  ( 〃 )
祭果てて朝なまぐさき散紅葉綿菓子売りが荷をしまひゐる  ( 〃 )

宇賀渓。
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そろりと年賀状の準備が進行中。
図柄に使うため、いまは使っていないカメラと露出計を持ち出して。
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嶺に触れ

塚本邦雄
こよひ巴里に蒼き霜ふり睡らざる惡童ランボーの惡の眼澄めり  (水銀傳説)
われにありける名利(みやうり)の絆月山(くわつさん)の山巓にして月飛ぶごとし  (黄金律)
わが胸のあたりに翳(かげ)す月山(ぐわつさん)の絶巓に觸れきたりし白雲  ( 〃 )

宇賀渓。渓谷に向かう入口からキャンプ場までの間で。
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勤労の安息日

塚本邦雄
餘情妖艶の體を詠みつつ世は秋のすゑ血脈に霜のにほひ  (黄金律)
勤勞のさむきよろこび安息日とてつややかに死せる煙突  (日本人靈歌)

宇賀渓。鈴鹿セブンマウンテンの一つ、竜ヶ岳のすそにある渓谷です。いなべ市大安町。そこの工事現場で本日。
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町駆けめぐり

塚本邦雄
蝶墜ちて空氣さびしきあらがねの地震観測所裏初霜  (黄金律)
秋ぼたる冬をとこへしかなしくばときをり死んで見るも一興  ( 〃 )
清掃車夕霧の町駆けめぐり失寵の犬 喪家の夫人  (緑色研究)

紅葉に飽きたので、また大野にもどって。
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大野みやげは卓上時計。
箱には、木工房 翡翠(かわせみ)という栞が入っていました。材は「はんのき」。露出計は、むかし使っていたものを年賀状のデザイン用に持ち出してきたもの。
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はんのきというと、
「家に男の子を授かると、田んぼにハンノキを植える。子供が大きくなっ て刈り入れの仕事をするとハンノキの木陰で休み、刈り取った稲はハンノキにかけて干し、そして死んだ時は、ハンノキで火葬してもらう」(森の心、森の知恵(林進))があって、
宮沢賢治「鹿踊りのはじまり」で、鹿がうたう歌は、「はんの木(ぎ)の  みどりみじんの葉の向(もご)さ  じゃらんじゃららんの  お日さん懸(か)がる。」「お日さんを  せながさしょえば はんの木(ぎ)も  くだげで光る  鉄のかんがみ。」「お日さんは  はんの木(ぎ)の向(もご)さ、降りでても  すすぎ、ぎんがぎが  まぶしまんぶし。」「ぎんがぎがの  すすぎの中(なが)さ立ぢあがる  はんの木(ぎ)のすねの  長(な)んがい、かげぼうし。」とつづきます。

淡き火花と

塚本邦雄
咳(せ)けば淡き火花となりて飛び去らむわがてのひらの鶺鴒一羽  (豹変)
祈り殺されてなるものかは舌にふるるつゆじもの熟柿つめたし  (花劇)

越美北線(九頭竜線)九頭竜湖駅で。
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東京国立近代美術館で、奈良原一高「王国」のプリントが2010年度に寄贈されたことを受けて、展覧会が行われているそうです。
見にいきたいけど東京は遠い。
しかたがないので、むかし買った本でがまんです。
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ついでに同じシリーズの本も引きずり出しました。
本を買ったのは、欲しいものがいっぱいあるのに金はない20代でしたから、ほんとうに好きな写真家の巻だけ買いました。
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羊に色

塚本邦雄
檻ぬれし夜はねむられぬ羚羊(かもしか)に色硝子製受胎告知圖  (水葬物語)

九頭竜で。
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たましい遊ぶ

塚本邦雄
霜月と鴨跖草(つきくさ)絶ゆる よこがほのイエスのむかうがはのもみあげ  (星餐図)
火の星のふふめる酸味 晩秋のこころ病みつつたましひ遊ぶ  (天變の書)

九頭竜で。
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除外例ある

塚本邦雄
智慧熱の甥におくらむ星崎の沖の闇なる星二、三粒  (黄金律)
桃山産婦人科メスの音(おと)さやぎ除外例ある生のはじめ  ( 〃 )
耳ありて人ごゑを聽く罰あはれかの地ふるさとならぬ石動(いするぎ)  (星餐図)

大野が続いたので、気分転換に九頭竜で。
石動は富山と石川の境にある地名なので、九頭竜と同じ北陸つながりで。
昨夜は、おうし座と、しし座の流星群が見られたとか。星二、三粒みられたのでしょうか。
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「写真の見方」(細江英公、澤本徳美 新潮社)を一昨日引用したので、ひきつづき、もう少し。
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ここの文章だけ抜き出すと、
ダイアン・アーパス
 澤本徳美: この二人、子供ても人間としての根本的なディグニティをもっている。それを引き出そうとしている。あるいはそれに感動している写真家の気持が写真を見ていて感じられます。
 細江英公: それが、単なる記念写真のような構図のこの写真を忘れがたい一枚にしているんでしょう。我々は写真を見る時、被写体ではなく実はそれを見ている写真家の目、姿勢、思想といったものを鑑賞しているんです。

アーヴイング・ぺン
 澤本徳美: ベルーかどこか南米て、現地の人たちをテン卜で作ったスタジオのようなものに入れて、その人たちを日常の環境から切り離していく。そこでこの子供たちも、非常に意識してカメラの前に立っていますよね。そうやって懸命になっている時に、その人物らしさが出てくる。
 細江英公: 我々から見れば貧しい、プリミティブな生活をしているであろう子供たちなのに、精一杯、堂堂とその尊厳を示している。うらぶれた惨めな匂いは全くしない。それは、ペンの人間としての彼らを尊重する目があるからです。


細江英公の「我々は写真を見る時、被写体ではなく実はそれを見ている写真家の目、姿勢、思想といったものを鑑賞している」という言葉が印象的です。

紅(こう)のまぼろし

塚本邦雄
霜の香のほのかにわれの思へらく死なむ吾妹(わぎも)におくれて死なむ  (風雅)
膿盤に霜、はたサン・セバスチャンの腹纒(ま)く甘き縄目を悼み  (星餐図)
愛恋のおそろしきかな霜月の百日紅に紅(こう)のまぼろし  (花劇)

大野市。
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しかもけわしき霜月

塚本邦雄
九年母のふつふつ苦し夕霜になにゆゑよみがへる歓喜天(くわんきてん)  (豹変)
あはあはとしかもけはしき霜月の塋域(えいゐき)にしてあそぶ女童(めわらは)  ( 〃 )

大野市。
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九年母はミカン科の植物で実は独特の香りがあり珍重されたそうです。
きのうアジェとアボットを言ったので、解説代わりに、「写真の見方」(細江英公 澤本徳美 新潮社)から引用。

ユージェーヌ・アッジェ
彼の写真が作品として認められたのは、その最晩年に彼と出会った、実時マン・レイの助手をしていたベレニス・アポットの尽力によるものだった。
アッジェは、消えてゆく古いパリの一面を、当時としても時代遅れのカメラを用い、しかも古典的な手法でとらえた。
当時のパリを撮っていたのはアッジェだけではないが、伎の写真が特に評極されるのは、その古き良きパリに対する思いが見る人に伝わってくるからだろう。
彼独特の方法で時間を止めてしまったような、全く新しい世界がそこにある。
シュールレアリストたちが彼の作品を評価したのも、そこに現実を超える向かを見つけたからだろう。


ベレ二ス・アポッ卜
女流写真家の先駆をなすアポットは、フランスでアッジェの最晩年に接し、大きな影響を受けた。
フランスから帰った彼女は、ニューヨークの街をドキュメントすることに独自の視点を見いだした。師アッジェが消えゆくパリを撮ったのに対し、アポットは変りゆく新しいニューヨークをとらえ、『チェンジング・ニューヨーク』にまとめる。
それは、鉄とコンクリートの街ニューヨークの、写真で語る都市論というべきものだ。
一九五六年、彼女はアッジェの原板から二十種を選び出して自らプリントし、百部限定のポートフォリオを作ってアッジェの名を世に知らしめた。
そのプリントは彼女の情熱がそのまま感じられるような温かみのあるプリントで、後にパリの現像師ピエール・ガスマンが作った正確なだけのプリントと比べると、プリントで写真がいかに変るかがよくわかる。