秋のくれのこれより

塚本邦雄
うぐいす二羽もとめきたりて秋のくれのこれより一日一日(ひとひひとひ)老ゆ  (豹変)
黄葉(くわうえふ)に透くうすき肉人妻の一人はむかしの蜻蛉(あきつ)  (睡唱群島)

近江八幡。
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秋がうしろ見

塚本邦雄
月光の貨車左右より奔り来つ 決然として相觸るるなし  (星餐図)
われに敗れし男は一人、晩秋の晩餐の鮎残しておかう  (約翰傅偽書)
君よわれにひたとよりそへ秋がもう白々とうしろ見する頃なり  ((歌誌『木槿』 1947年12月号))

近江八幡。
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秋風に去(い)に、秋風を行く

塚本邦雄
ムスタキもはや秋風の市中(いちなか)に去(い)ねさにづらふ紅茸少女(べにたけをとめ)  (閑雅空間)
まむかひて秋風を行く今生にわれは何を歌はざりしか  (不變律)

近江八幡。
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1978年12月の美術手帖。
回顧ではなく、現在の問題として。
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ほかにおもうべきことある

塚本邦雄
太陽がちぎれちぎれに野分後の民衆廣場(ポポロひろば)の潦(にはたづみ)百  (汨羅變)
漢和辞典に「荒墟」ありつつ「皇居」無し吾亦紅煤色になびける  (魔王)
ほかにおもふべきことあるに秋の夜の薨去の薨の夢のかけら  (不變律)

近江八幡。
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また、1964年東京オリンピックオフィシャル・スーベニア。(昨日まで、”アニバーサリー”と書いていたのはまちがいでした。老衰か。)
国鉄・新幹線の紹介の最後は、「鉄道の問題点」となっています。

 日本の鉄道にはいくつかの間題点がある。その一つは幹線の輸送需要の増加に輸送力が追いつけないことであり,その一つは大都市の通勤輪送が限界にきていることである。また逆にローカル地区は鉄道で運ぶほどの輸送需要がなく,赤字経営となっていることなどである。
 鉄道敷設や線路増設には莫大な資金を必要とし,国鉄ではその資金調達に四苦八苦している。
 このほか,列車が高密度で走っていて,どの列車にも多数の旅客が乗っているので,ひとたび事故が発生すると,犠牲者が多く,社会に与える影響も大きい。日本の鉄道は日本国民の足として安全の確保には国鉄,私鉄を問わず,全力をあげている。


1963年鶴見事故、1962年三河島事故と大きな列車事故の記憶がそれほど生々しかったのでしょう。
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一方、皇居をこのような角度で撮った写真は今日少ないように思います。何故?
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秋をこもる罪とは何

塚本邦雄
蛮声の従兄(いとこ)チリにて栄ゆらく海に落ちたる秋の雷(いかづち)  (豹変)
父に殴られたる記憶無し 十月の絲杉の黒緑(こくりよく)の鬚かほる  (日本人靈歌)
星住画伯秋をこもれり罪ありて水晶体赤道をわづらふ  (歌人)

近江八幡。
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最近、撮影していないので、いつまでたっても近江八幡。
世間は秋だというのに、それらしい写真がありません。
言い訳がわりに、また、染谷學・大西みつぐ・築地仁『「写真」のはなし』から。

場所と事柄(大西みつぐ)
状況を説明するのではなく出来事を撮る

 これらは・・・写真家である私がこの場所で遭遇した「出来事」として示したかったのだと思います。
ワタシという写真家の出来事を常に想像させてほしい
 よく写真コンテストなどに応募されるスナップ写真を拝見していますと、この「場所と事柄」を指し示す、だけで終わってしまっているものがたくさんあるようです。
 私たちが良く知っているはずの情景であっても、カメラ、レンズがとらえた独特のものの見え方が私たちの純然たる興味、好奇心を強く刺激し、見慣れない世界のとして指し示されるというのはやり面白いことなのです。


きのうのつづきも。
1964年東京オリンピックオフィシャル・アニバーサリーより。
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刻はひるさがり

塚本邦雄
薔薇の木に刺さる滿月主(しゆ)はひとり寂しきところにて禱りたまふ  (靑き菊の主題)
明り障子の手掛の紅葉祖父(おほちち)の死の刻はひるさがりと伝ふ  (花劇)

近江八幡。
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50年経ちました。
ウキウキした空気はありましたし興奮することもありましたが、感激したという記憶はありません。
まだ子供でした。
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1964年東京オリンピックオフィシャル・アニバーサリー。
紙フェチであっても、整理整頓のできないわたしは、もう1ケ月以上も家の中を探し回っていました。
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財団法人オリンピック東京大会組織委員会の唯一の公式記念出版物。
オリンピックとその開催地を紹介する内容で、東京オリンピックが開催される直前の出版。
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きよらかに立ち

塚本邦雄
母ならざればかくきよらかに老娼婦立ち かすみたつ黒森(シユワルツ・ワルト)  (緑色研究)
うすべにの秋の曇りに硝子壜吹けり火の硝子ぞ世を劃(かぎ)る  (されど遊星)
原爆忌忘るればこそ秋茄子の鴨焼のまだ生(なま)の部分  (魔王)

近江八幡。
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 塚本邦雄が原爆忌やナチィズムや警察官を詠んだ歌を引用するとき、躊躇する心が起こります。社会通念や良識に反するような表現がでてくるからです。しかし、言語表現で自らタブーをつくらないという意思が感じられます。当用漢字とか放送禁止用語とか、確かさが見えない規制に挑むのは、惜しんでも余りある自らの青春への挽歌のように見えます。
 また表現のためには、世間の常識より自らつくった規律につくす誠実さ、義理がたさに学びたい。

 義理堅いということでは、
毎年、かれこれ10年近く、カレンダーをいただいています。
来年のものをいただいているのですが、封を切るのは年末なので、今年分の表紙から。
 おれいも兼ねてぜひ一度訪問したいと思います。

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ありすの夢の秋

塚本邦雄
ノアのごと祖父ぞありける秋風にくれなゐの粥たてまつるべし  (歌人)
秋夜寶石店出て母の咳(しはぶ)くは洪水のさきぶれのごとしも  (水銀傳説)
ルイス・キャロルありのすさびの薬瓶割れて虹たつなり夢の秋  (されど遊星)

近江八幡で。
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先日、土門拳の露光時間30分のことを紹介しました。
かれが言いたかったことを、
染谷學・大西みつぐ・築地仁『「写真」のはなし』から。

被写体に刻まれた「時」(染谷 學)
機事あれば機心あり
 『荘子』に「機械あれば必ず機事あり、機事あれば必ず機心あり」と
 「機械を持てば機械による仕事が必ず出てくる。機械を用いる仕事が出てくると、機械にとらわれる心が起きる。機械にとらわれると真心がなくなる。真心のないところに『道』は成り立たない。『はねつるベ』を知らないわけじゃない。恥ずかしいから使わない」

被写体と向き合う気持ち
 私が大切にしたいのは・・・写される被写体がその内測に持っている時間。被写体に刻まれた「時」なのです。
 写真はシャッターを切っている瞬間だけが写るものではありません。写されてある瞬間の前後まで感じさせるのが良い写真
 被写体が過ごしてきた時間までも感じさせてくれる写真には特に魅力を感じます。
 デジタルの時代になって、高感度・手ブレ防止・PC調整が可能という状況のなかで、払たちに「機心」は起きていないでしょうか。
 被写体と向き合う大切な気持ちまで失ってはいないでしょうか。
 撮影する私たちが「道」を失わないようにしなければいけないという自戒をこめて記します。


草雲雀

塚本邦雄
敗れ果ててなほひたすらに生くる身のかなしみを刺す夕草雲雀(ゆふくさひばり)  (初學歴然)

くさひばりは、学名Paratrigonidium bifasciatumというコオロギの一種だそうです。
近江八幡で。
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なに信じ合うほほえみ

塚本邦雄
市民廣場に秋の熱風ちぢれ毛の犬が花輪を受くえらばれて  (靑き菊の主題)
ダリア刈つてあからさまなる庭の秋永福門院の家集つたはらず  (風雅)
人間(ひと)が人間(ひと)の何信じあふ微笑(ほほゑみ)か 綱ほつれ遊動圓木ゆがむ  (日本人靈歌)

近江八幡。
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勝手に持ち出した昔の雑誌。
女性誌もありました。
「それいゆ」1958年2月号。「男性研究」特集だそうです。

ノスタルジアもありますが、
ライフ誌にならったフォト・ストーリーが毎号おもしろいので残してきました。

きょうは「ノスタジア」に傾いて、私の世代のスーパースターを。
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十月のひるのねむり

塚本邦雄
十月の空群青(ぐんじやう)に最終(さいはて)の朝餐(てうさん)として醋(す)の皿ありき  (星餐図)
人は妬みに生くるものから 十月のひるのねむりに顕(た)つ靑石榴  ( 〃 )
蝕甚の月をのぞむとわかものは指組む肉のその遠眼鏡  ( 〃 )

近江八幡。
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勝手に持ち出した昔の雑誌から、サンケイカメラ1959年6月号。
土門の口絵写真がありました。本人の解説も載ってます。
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露光時間30分だそうです。
もっとも、私が興味を持ったのは、この雑誌をくるんでいたカバーに使われていたカレンダーでした。
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染谷學・大西みつぐ・築地仁『「写真」のはなし』から、

フィルムカメラに学ぶ(大西みつぐ)
片手をスッと延ばし携帯を構え、撮影を完了させ、どのように撮れたかを「確認」
この一連の流れは、なにも携帯電話にだけに見込れる光景ではなく、デジタルカメラ一般の撮影風景です。
フィルムカメラでは残念ながら、その「確かに」という断定が得られないまま撮影を続けなくてはなりません。
未練を残しつつ次なる場面に向かいます。・・・次に期待し撮影を続けていきます。フィルムがもたらす写真への欲望のひとつは実はそんなところにあります。
デジタルカメラは、そのあたりの妙に粘っこい部分をすべてそぎ落として、「はいこれ! 一上がり!」というように私たちに画像を提示します。
しかし、その時点で写真が「達成」してしまうということではなく、写真として自律してくるのはまだ先のことなのだと考えるべきでしょう。

(実はわたしはデジタルを使っていても撮影途中で画像の確認はしません。リズムや高揚感がこわれるのを恐れて。結果を見て後悔ばかりしていますが)


はるかなるかな殃(わざわい)

塚本邦雄
月は朝(あした)、花は黄昏(くわうこん)うすなさけこそ片戀の至極とおもへ  (風雅黙示録)
おとろへて坐す黄昏(くわうこん)をコルシカの戀唄赤き針零(ふ)るごとし  (水銀傳説)
秋風を踏みつつあゆむ たとへば今日愛國者とはいかなる化物  (汨羅變)
はるかなるかな殃(わざはひ)一つひとづまの柑子噛みたる黄丹(わうたん)の口  (感幻樂)

近江八幡。
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近江八幡で菓子舗「たねや」のPR誌をもらってきました。
記事や写真に惹かれたからですが、
川内倫子の写真が載っていることに驚きました。
その写真に、さすがだなあ、と。
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ファイニンガーも西井一夫も染谷學も築地仁も大西みつぐも、
技術の先にあるものこそが写真にとって大切といっています。
私でも撮れる場所で撮れるものを撮っているけど、私が撮ればどこにでもあるつまらない写真になるのが、自分で分かるのがかなしい。
「たねや」の川内倫子の写真は、彼女以外の誰にも撮れない。
たまたま1974年当時のマミヤのサークル誌がでてきて、そこに出ているフォトコンテストの写真が、
(私よりずっと上手なのですが、)
現在のコンテストで見られる写真と変わらないことへ驚き、
失望して、うんざりしていたときだったので、一層鮮烈でした。
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以前、マイケル・ケンナの写真展でも同じように打ちのめされたことがありました。
染谷學・大西みつぐ・築地仁『「写真」のはなし』のつづきから、

モノと場所(大西みつぐ)
「質感」の先にあるもの
 写真で「質感」が再現できると、モノのもっている手触り感が私たちの経験に応じて写真から伝わってきます。しかし、ここでもうひとつ問題も生じます。そのモノが含まれていた周囲はどうだったのか、モノと周囲はいかにつながり、そこは「場所」としてどのように成り立っていたのかということです。
モノと場所の関係は空間として立ち現れてくる
 大事なことは、とりあえず配置といいますか関係そのものをしっかり撮っています。広角レンズ損影のため歪みがないように垂直線に注意しつつ、縦位置にしてフレームが決定されたのです。つまりこのモノが含まれる空間として意識したということです。逆に考えれば、モノと場所の関孫は空間として立ち現れてくるともいえる
 モノばかりしか見えないということだと、ちょっと退屈な写真になってしまうこともある
 写真空間の発見というところに写真表現の面白さもあり、私たちの視覚を自由に拡大してくれるものなのかもしれません。


写真の物語性について(大西みつぐ)
予定調和を表明しているだけでは面白くない
 写真コンテストの審査をしていますと、まさに「決定的瞬間」といったスナップショットに出会うことがあります。・・・作者は物語を感じシャッターを待ったともとれます。「待って撮る」ということ自体、特別に悪いこととは思えません。しかしそこに過剰な物語を思い浮かべた結果、その「思い」だけが一人歩き
 一枚の写真としてぜひともドラマチックな場面が欲しいのだという気持ちも分からなくはありませんが、たとえそれが実現したところで、「なんと間のいい写真なのか」という予定調和を表明しているだけ

誰にでもわかる物語はつまらない
 一枚の写真イメージは常に曖昧な物語をそれぞれ(写真を見る側)に強いるものですが、細かな「配感」によっては意図的な方向へとイメージを持っていけるということも事実なのです。それもまた一種の予定調和なのかもしれません。
 自分の撮ったこの写真を見ていきますと、はじめは面白いと思ったものの、その物語牲が濃厚であるがゆえにだんだんつまらなくなってきます。いわば見え見えの展開でしかないだろうということです。


あはあはと十月

塚本邦雄
一族郎党尋常一様の才有(も)ちてあはあはと十月の男郎花(をとこへし)  (風雅)
こころざし今ぞやつるる晩秋のわがやかた鮮黄にともれり  (歌人)

近江八幡。
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昨日、奈良原一高の名前が出たので、そのつながり。
昭和32年5月の別冊アトリエ「新しい写真」から。
25才の奈良原一高、35才の石元泰博の写真がありました。どちらいかにも彼らの写真と分かるところがすごいです。

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一方で、この人はハリー・キャラハンやエドワード・ウェストンの剽窃。
どのような個性だったのでしょうか。

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零落の明るき

塚本邦雄
零落の何ぞあかるき神無月切子の鉢に蝦蛄(しやこ)ねむるなり  (歌人)
満月は熟れつつ 賜へわが領に鳥目繪(とりめゑ)の斑(ふ)の吐噶喇列島(とかられつたう)  (蒼鬱境)
魚を塩に埋めてしづかに悪疫を待つこころ 許嫁者(いひなづけ)らに秋来る  (緑色研究)

近江八幡。
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まえに西井一夫の文を引用した「写真装置 #12 1986/1/10」の冒頭は42人の写真家へのインタビューでした。
いまも、そしてこれからも残る人もおれば、もう消えていった人もいる42人ですが、私の気になる人を5人選んで。
1985年末のインタビューです。

奈良原一高
 現在、そしてこれからの写真の方向とでは2極をめざして走り、その両極の複合した、重層した世界に住みたいと思っています。
 そのひとつは〈ナイーヴ・フォト〉もしくは〈イノセント・フォト〉といえそうな、写真の初源的な感動の流れに身を浮かべた世界で、光の音楽を感じたいと思います。いまひとつはアナログ的な円思考感覚にデジタル的な線思考感覚を交差させた〈デジ・アナ・フォト〉の世界を構築してみたいと思っています。


細江英公
 はっきり言って今や写真の時代はきわめて保守的です。たしかに写真は氾濫していますが、「今日を打ちのめす武器」としての写真は見当たりません。すべての芸術は、今日を破壊して明日を創る」ための強力な主張がなければなりませんが、どれほどの新鮮な提案もすぐに巨大な時代のルツボの中にのみこまれてしまい、何か明日をめざす光明が見出せないようです。日本の写真の特長ともいえる「情緒性」「私小説的」世界の追求だけでは今日をとりまく状況を突き抜けることはできなのではないでしょうか。
以上のような認識の上に立って、私は取敢えず今追求している「ガウディ」を更に深く突っ込んで行きたいと考えています。そして次は私の住んでいる「東京」を撮るつもりです。


深瀬昌久
 ぼうっとしたピンポケさかげんをいくらかも甘酢っぱい倦怠と悔恨で、うつらうつら居眠りしながら楽しんでるが現状かも知れない。明けても暮れても写真シャシンで餓鬼みたいなもんだった。ぼくは鬼になんかなりたくないが猫になりたい。死にたくもないがたいして長生きをしたくもない。
 先日山形県酒田市でロケで暇ができたので土門拳記念館に行ってみた。「古寺巡礼」展示中でにぎわっていた。堂々たる記念館での堂々たる写真群はデカかったせいもあるが、正義と理想に燃える赤マントのスーパーマンを絵にかいたような完璧さで圧倒された。だがぼくは完璧な写真なんか撮りたいと思わない。土門拳は鬼(多分赤鬼〉だがぼくは猫であることを認識したのだった。猫はホコリのたまった薄暗い隙間や隅っこが生来好なのである。猫よりも鬼はたしかに偉い、というのは猫の寿命はたった十五年位だが鬼の寿命は誰も知らないという。


森山大道
 たとえば、今日これから、あるいは、明日陽が昇ってかち、ひょっとすれば写るかもしれない、もしかしたら見えるかもしれない、たった一枚の、来るべきイメージのために、ひたすら自身にのみ向けて、日頃、撮りつないでいるような気がします。いま撮ることの意味も、これから撮りつづけるだろう理由も、ただ、これだけのことだと思っています。では、なにを写したいのか、どう見たいのかは、いっさい具体的ではありません。ただ、澄んで、止って、透明な、一枚のイメージのみが、空に、心に、あるばかりです。いわゆる、主題とか、展望とか、といったものは、いまのぼくには全くありません。撮る。見る。という永遠の循環があるのみです。

川田喜久治
 それほど写真が新しい考え方を導き出そうとはしていませんし、写真家もそうは思っていません。
ただすぐれた東西の思想家たちが、いま写真についての評論や物語りのたぐいのものを書いていますが、時代的な欲求の一部に無意識にも重なっていると感じます。
 しかし一枚の写真を写真家に撮らせることには役立っているとは思われませんが、それについて関心を捨ててしまうとどうなるかは自明のはずです。異質の想像力からイリュージョンを手に入れることはやはり必要でしょう。
 パラドックスという扉のなかでは、写真がいまにも反乱を起こしそうです。もう写真家は写真を語ってはいけない。写真の秘密にこの時代相当に迫られているので。


かつて心封じ

塚本邦雄
月蝕の月ぞしたたるリップ・ヴァン・ウィンクルの愛犬の名「狼(ウルフ)」  (歌人)
おとうとの咎うつくしや秋風のかたちのたましひとおもへども  (風雅)
ああかつて心封じし母のごとく月は扉(と)のうらがはまで照らす  (星餐図)

近江八幡。
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昭和32年12月の「別冊アトリエ」。親の持ち物だったのを譲り受けた(勝手に持ち出した)しろもの。
ニコンSPのポスターをデザインする亀倉雄策が紹介されていました。
あこがれのSP。とうとう手が届かなかったSPをなつかしんで。

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