逃亡し、たい

一年前の写真で、今年はまだ撮っていない紅葉を夢見て。



どこかへ出かけたいです。
追われているような日々から逃げ出したくなりました。

 「敵前逃亡ス」とつたへたり蕨餅食ひつつこの英雄を愛(かな)しむ  (塚本邦雄)

畢(をは)るべし

ことしはヒガンバナの盛りを撮ることもなく終わりました。
もっと撮りたかった気持ちを飲み込んで、過んだ時間を思い出すためのムービーを今年と去年の写真で。




 世界畢(をは)るべし曼珠沙華百茎の痙攣(ひきつ)るるぬばたまのくれなゐ

サウンドは「二十四時間の情事」のジョルジュ・ドルリューが映画「大頭脳」につけた音楽から。
「二十四時間の情事」主演の岡田英次、脚本のマグリット・デュラスもなつかしいなあ。

明日の世界

2015年に同じ場所でハスを撮ったあと自分がちっとも進歩していないので、反省を込めて4年前の写真をムービーにしました。
サウンドは「船上のピアニスト」から、



 石に坐し明日の世界を彈きいだす冷酷なピアニストを戀ふも  (塚本邦雄)
 

人のふり見て我がふり直せと小さいころから言われ続けてきましたが、他人の欠点は目につくのに自分のそれにはちっとも気づきません。
ハスを撮っていると、私と同じようにカメラを構えた、わたしと同じ程度の年齢と見える人たち(女性も多いです。)が目につくのですが、つい、「もっと脇を閉めんかい」とか「ファインダーを覗いたままズームリングをグリグリ回すな」とか、ちゃちゃをいれたくなります。(笑)

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olympus pen-f samyang 135mm

わすれない

きのうアップする予定の記事でしたが一日遅れました。

9年ぐらい前の撮った長崎外海と犬山明治村の写真で作ったムービーです。
(下手な写真だなあ。)



参考に中身をちっちゃくしたカタログ。

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毎年この日は照井翠「龍宮」から引用していますが、3月10日の朝日歌壇に彼女の短文が掲載されてましたので、わたしの備忘録としてそちらを引用させていただきます。

「震災後」は続く  照井翠
 東日本大震災の後、早い段階で、俳句総合雑誌において、励ましの一句の企画があった。<津波のあとに老女生きてあり死なぬ 金子兜太>など、震災そのものを詠んだ句が多いのも頷ける。被災地から遠く離れた俳人たちが、未曽有の震災に向き合おうとしていた段階だった。
 岩手県釜石で被災した私は避難所で生活していたのだが、刻一刻ともたらされる被害状況に打ちのめされていた。そんな状況でも、不思議なことに、言葉や詩の断片が自分の中におりてきた。停電の闇の中、詩を考える一瞬だけは私のものだったし、生きている実感があった。
 同じ頃、福島県須賀川の俳人永瀬十悟も、俳句を通して己との対話を深めていた。<蝸牛よ牛の泪を知つてゐるか>など、被災後まもない時期に、既に震災の本質に迫る佳句を詠んでいる。
 震災から時を重ねていく中で、被災地内外の作家たちは、それぞれの体験の内面化、深化を経て、詠む内容やテーマを変化させながら、詩を書いていった。
 永瀬の最新句集『三日月湖』に、<鴨引くや十万年は三日月湖><それからの幾世氷の神殿F>の句を見つけた時の衝撃は忘れられない。「氷の神殿F」とは東京電力福島第一原発。こんなに毒性の強い文明批評が、俳句で可能なのだった。
 震災は一瞬だが、「震災後」は永遠に続く。風化が加速するのはやむを得ないが、今後とも震災を見つめ、その本質に迫る俳句を詠み続けることが鎮魂であり、祈りそのものであると考える。震災を伝える優れた作品が待たれている。

24年目

油日神社にもどって、上見て、下見た、二枚です。イチイの大木と、雨水の流れた跡。
あいかわらず何撮ってるの、の類です。

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E-M5mk2 135mm

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DP2Q

24年目だそうです。
南海トラフ地震の被害想定域に住んでいる身として他所事ではありません。
去年の写真でレクイエムを。イメージが不出来ですが今日は何かでこの気持ちを表さねばならない日ですから。