わが冬の

塚本邦雄
貝殻追放されたるごときわが冬の旅、トランクを針金で締め   (日本人靈歌)
(塚本邦雄の短歌は写真と無関係です。塚本邦雄を尊敬していますが、引用した歌はブログの護符かお守りのつもりです。)

はずかしながら紅葉、長谷寺。残り物にさえならないものをクズ箱からとりだして。
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M.ZUIKO 75mm F1.8
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M.ZUIKO 25mm f1.2
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M.ZUIKO 25mm f1.2

越えて落ちたる

塚本邦雄
何を歌と言ひつづけ來しにはたづみ越えて落ちたる夜半の紅葉(こうえふ)   (波瀾)
(塚本邦雄の短歌は写真と無関係です。塚本邦雄を尊敬していますが、引用した歌はブログの護符かお守りのつもりです。)

なおなお紅葉、なお長谷寺、でもやっぱり残り物。引用した歌まで季節遅れです。
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M.ZUIKO 25mm F1.2
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NOCTICRON 42.5mm F1.2
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NOCTICRON 42.5mm F1.2

さびしさの極

塚本邦雄
いつまでも老いざる父がぬばたまの老人會より除名されつ   (黄金律)
星ヶ谷村百八番地、元右翼老い放題に老いてうつくし   ( 〃 )
放蕩にあくがれつつを秋暮れて梨くさるさびしさの極み   ( 〃 )
(塚本邦雄の短歌は写真と無関係です。塚本邦雄を尊敬していますが、引用した歌はブログの護符かお守りのつもりです。)

なおなお大和長谷寺。
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M.ZUIKO 25mm F1.2
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SUMMILUX 15mm F1.7
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M.ZUIKO 25mm F1.2
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M.ZUIKO 25mm F1.2

きょうの一首目は「ぬばたま」(ヒオウギの実)が季語で季節が合わないかもしれませんが、いつまでも老いざる=髪が黒い(ぬばたまは黒や髪の枕詞)というイメージを重ねているのだろうと思いました。
二首目の老いがうつくしというのが、たとえ反語的表現であっても、わたしの願望を代弁してくれているように感じて使いたかったのです。
三首目ではわたしの本音を言われてしまいました。

男一匹こぼれおち

塚本邦雄
道明寺驛のこがらし香具師風(やしふう)の男一匹こぼれおちたり   (黄金律)
(塚本邦雄の短歌は写真と無関係です。塚本邦雄を尊敬していますが、引用した歌はブログの護符かお守りのつもりです。)

なおも大和長谷寺。
同じような写真ばかりで悲しくなりますが、自分はイソップのカメのほうだと信じてコツコツ撮っているものの、脳の活性化の必要を痛感してます。
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NOCTICRON 42.5mm F1.2
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M.ZUIKO 25mm F1.2
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M.ZUIKO 25mm F1.2
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NOCTICRON 42.5mm F1.2

脳の活性化のために好きな写真家の写真をながめていますが、その写真を見ながら自分の青春時代をふりかえっているようでは、何のことはない、回想法の一種になってしまっているのかもしれません。
細江英公が舞踏家の土方巽を撮った「かまいたち」の写真を見たのは中3か高1のときだったと思うのですが、見たときの鮮烈な印象はいまも鮮やかです。
かまいたちより以前に、こっそりのそいた親父の本棚で細江英公のヌードを土門拳のヌードといっしょに見た覚えがあるのですが、「フーン」という印象しか残っていません。
かまいたちという言葉もそのとき初めて知ったのではなかったか、舞踏家という人種が現代日本にほんとうに存在していることもそのとき初めて知ったのではなかったか、と思うのです。
やっぱり回想法になっています。これではカメにもなれそうにありません。

百歳さしてはるかならね

塚本邦雄
百歳さして遥かならねば生姜湯を飲みさして讀むガルシア・マルケス   (詩魂玲瓏)
(塚本邦雄の短歌は写真と無関係です。塚本邦雄を尊敬していますが、引用した歌はブログの護符かお守りのつもりです。)

紅葉に飽きましたが、紅葉の写真しかないので、一枚目だけ年賀状のボツ写真でごまかして、あとは大和長谷寺。
短歌もまだカストロをひきづって、私は一冊も読んだことがありませんが、ガルシア・マルケス。
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こちらは長谷寺。
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M.ZUIKO 25mm f1.2
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M.ZUIKO 75mm F1.8
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M.ZUIKO 25mm f1.2
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M.ZUIKO 25mm f1.2


われにはるけき

塚本邦雄
冬のダリアわれにはるけき血縁の一人は馬丁にてをはりける   (歌人)
(塚本邦雄の短歌は写真と無関係です。塚本邦雄を尊敬していますが、引用した歌はブログの護符かお守りのつもりです。)

室生寺。もう紅葉の季節もおわりですが。
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M.ZUIKO 25mm f1.2
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M.ZUIKO 25mm f1.2
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M.ZUIKO 25mm f1.2
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TOKINA Reflex 300mm F6.3
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TOKINA Reflex 300mm F6.3

M.ZUIKO 25mm f1.2はいいレンズと思います。
今回は晴天時の撮影で、開放の逆光ではフレアが見られましたが、これは私の使っている安物のPLフィルターのせいでしょう。真面目にNDフィルターを使えば防げそうです。
ボケがきれいです。NOKTONのほうが被写界深度が浅いのですが、ZUIKOは安心してボケを使えそうです。
不満は、フード。プラの安っぽさはがまんするとしても、邪魔なストッパーボタンをつけるくらいなら、折り畳み式にしてほしかった。
プラならできたはずです。内臓型でもいいのですが、レンズ本体が長すぎるので、、取り外しのできる内臓型のイメージにしてほしかった。なお、フードの内側に溝を切ってますが、フェルトを貼るとコストがかかりすぎるのでしょうか。NOCTICRON付属のフードは金属製でフェルトが貼ってあります。
個人的にはバヨネット式よりネジ込み式が好きです。
F1.2という値はかなり魅力に欠けます。1.0なり1.1にすべきだったと感じます。

の終焉に何萬

塚本邦雄
來年の木犀の香を言ひて哭く父よそれでも死んでもらはう   (黄金律)
落鮎水銀色に奔れり日本の終焉に何萬日を剰すか   ( 〃 )
(塚本邦雄の短歌は写真と無関係です。塚本邦雄を尊敬していますが、引用した歌はブログの護符かお守りのつもりです。)

今日は室生寺で。
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M.ZUIKO 25mm f1.2
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M.ZUIKO 25mm f1.2
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TOKINA Reflex 300mm F6.3

神無月かけくだる齢

塚本邦雄
翡翠(かはせみ)を鳥獣店に見たりけり神無月駈けくだるよはひか   (黄金律)
人生の生は生(なま)なる日々はいざ聽かむ秋風の末期(まつご)のこゑ   ( 〃 )
(塚本邦雄の短歌は写真と無関係です。塚本邦雄を尊敬していますが、引用した歌はブログの護符かお守りのつもりです。)

西大寺。
ことほぐならは、塔の跡地にアイシャ・エルクメン「池からプールから池へ」なんだそうですが、プールを2枚だけ。
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NOCTICRON 42.5mm F1.2
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KOWA PROMINAR 8.5mm F2.8
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NOKTON 17.5mm F0.95
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NOCTICRON 42.5mm F1.2
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NOCTICRON 42.5mm F1.2

年賀状の準備を始める時期になりました。
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なら町で手に入れた小さなトリの起上がりこぼしで試し撮りしてみましたが、
年賀状の画像としては、もうすこし工夫してみようと思います。

あゆみ来てつかれ

塚本邦雄
砂地あゆみ來てつかれをり考古学館の土器みなどこか欠けゐる   (装飾樂句)
(塚本邦雄の短歌は写真と無関係です。塚本邦雄を尊敬していますが、引用した歌はブログの護符かお守りのつもりです。)

なおなおなお。古都祝奈良の今西家書院で柴舟「言ノ葉は、光と影を抱く」。
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NOKTON 17.5mm F0.95
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M.ZUIKO 75mm F1.8
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M.ZUIKO 75mm F1.8
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NOKTON 17.5mm F0.95

言葉は稀に

塚本邦雄
肉ははかなき潮(うしほ)のかをりわが秋の言葉は稀にマラルメを訪ふ   (されど遊星)
(塚本邦雄の短歌は写真と無関係です。塚本邦雄を尊敬していますが、引用した歌はブログの護符かお守りのつもりです。)

なおなお。なら町の鎮宅霊符(ちんたくれいふ)神社の西尾美也「ボタン/雨」と大国主命神社の黒田大祐「地風」。
”ボタン”は昨日の記事のパッチワークをつくったときに古着からとりはずしたものだそうです。
”風”は、なん台もの扇風機が風を起こし、人々の会話する声がテープから流れていました。
鎮宅霊符神社は陰陽師に守られきた神社、大国主命神社内の建物は小学校の前身として使われていたらいいです。
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KOWA PROMINAR 8.5mm F2.8
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NOKTON 17.5mm F0.95
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Zuiko ED 8mm F3.5 Fisheye